with five senses
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《新作小話です》
ただいまの時刻は5:45
休日はワクワクするから早く目が覚めてしまう。
いや、訂正。
今日は君に会えるからドキドキして眠っているのがもったいなかったんだ。
俺のことを遅刻常習犯だと思っている仲間たちはきっと口をあんぐりさせて驚くだろう。
アラームをセットしていた時間よりもずっと早く起床したので、ちょっとしたサプライズを仕掛けてみることを思いついた。
俺が君を迎えに行く(と言っても最寄駅までだけど)。
たまにはそんなことがあってもいいだろう?
こういうことも何だか新鮮でいいだろう?
君が住む町を訪ねるのは、実は今回が初めてだったりする。
だからホームに降りて、改札口が一つしかないと分かって少しほっとしたんだ。
携帯サイトの乗換え案内を使って、待ち合わせ時間から君の出発時間を逆算したから
そろそろ君が現れる時間だってことは見当がついている。
ほら、今年の流行色のワンピースを来たあの子!
俺が大きく腕を振ると君は両手で頬を包んで驚きの声をあげたようだった。
慌てなくてもいいのに君は小走りで俺に駆け寄ってくる。
君に満たされると同時に、もう独りでは生きていけなくなった自分に気付いて今までになく切なくなる。
「えっ!?どうしたの~
わざわざここまで来てくれたの?」
「しばらく会えなかったから少しでも一緒にいる時間が長くなればいいと思ってさ。」
どんなに忙しくても週に一度、土曜の夜に必ず会うようにしていたのに
勤務形態の変更でそれが叶わなくなってから約1か月。
全ては俺の都合のせいなんだけど、そろそろ限界だった。
逢おうと思えば会える距離にいるのに逢えないことは、諦めがつきにくいだけに遠距離恋愛よりも切ない。
「ありがと」
俺の笑顔が君にうつる。
二人並んで座って電車に揺られる。
この感じ。
最高に気持ちいい。
君の独占権を手に入れた俺は、かなりはしゃいでいた。
いつもよりいっぱい喋ったかもしれない。
波の音、風の音。
君の気配、二人の空気。
全てが心地よかった。
目の前に広がる太平洋が俺の欲望を剥き出しにしていく。
とりあえず歌ってみた。
君は俺の背中を見ながら笑っていた。
それから歌って歌って歌って。
ふと左肩にかかってきた柔らかな重み。
携帯の上でせわしなく親指を動かしていたはずの君は帰りの電車でいつのまにか眠っていた。
寄り添ってくる温もりに愛しさが募る。
ぎゅっと抱き寄せたくなる衝動を抑えて、読みかけになっている文庫本のページをゆっくり捲った。
またしばらく逢えない日が続くかもしれないけれど。
君を迎えに来れるのは先の話になってしまうけれど
そう遠くない未来にいつかきっと。
左肩にかかる重みと温もりが二人の当たり前になるように。
いまもいつまでも
この愛が打ち寄せる海岸は
広い世界に一つだけ
ただいまの時刻は5:45
休日はワクワクするから早く目が覚めてしまう。
いや、訂正。
今日は君に会えるからドキドキして眠っているのがもったいなかったんだ。
俺のことを遅刻常習犯だと思っている仲間たちはきっと口をあんぐりさせて驚くだろう。
アラームをセットしていた時間よりもずっと早く起床したので、ちょっとしたサプライズを仕掛けてみることを思いついた。
俺が君を迎えに行く(と言っても最寄駅までだけど)。
たまにはそんなことがあってもいいだろう?
こういうことも何だか新鮮でいいだろう?
君が住む町を訪ねるのは、実は今回が初めてだったりする。
だからホームに降りて、改札口が一つしかないと分かって少しほっとしたんだ。
携帯サイトの乗換え案内を使って、待ち合わせ時間から君の出発時間を逆算したから
そろそろ君が現れる時間だってことは見当がついている。
ほら、今年の流行色のワンピースを来たあの子!
俺が大きく腕を振ると君は両手で頬を包んで驚きの声をあげたようだった。
慌てなくてもいいのに君は小走りで俺に駆け寄ってくる。
君に満たされると同時に、もう独りでは生きていけなくなった自分に気付いて今までになく切なくなる。
「えっ!?どうしたの~
わざわざここまで来てくれたの?」
「しばらく会えなかったから少しでも一緒にいる時間が長くなればいいと思ってさ。」
どんなに忙しくても週に一度、土曜の夜に必ず会うようにしていたのに
勤務形態の変更でそれが叶わなくなってから約1か月。
全ては俺の都合のせいなんだけど、そろそろ限界だった。
逢おうと思えば会える距離にいるのに逢えないことは、諦めがつきにくいだけに遠距離恋愛よりも切ない。
「ありがと」
俺の笑顔が君にうつる。
二人並んで座って電車に揺られる。
この感じ。
最高に気持ちいい。
君の独占権を手に入れた俺は、かなりはしゃいでいた。
いつもよりいっぱい喋ったかもしれない。
波の音、風の音。
君の気配、二人の空気。
全てが心地よかった。
目の前に広がる太平洋が俺の欲望を剥き出しにしていく。
とりあえず歌ってみた。
君は俺の背中を見ながら笑っていた。
それから歌って歌って歌って。
ふと左肩にかかってきた柔らかな重み。
携帯の上でせわしなく親指を動かしていたはずの君は帰りの電車でいつのまにか眠っていた。
寄り添ってくる温もりに愛しさが募る。
ぎゅっと抱き寄せたくなる衝動を抑えて、読みかけになっている文庫本のページをゆっくり捲った。
またしばらく逢えない日が続くかもしれないけれど。
君を迎えに来れるのは先の話になってしまうけれど
そう遠くない未来にいつかきっと。
左肩にかかる重みと温もりが二人の当たり前になるように。
いまもいつまでも
この愛が打ち寄せる海岸は
広い世界に一つだけ
♪ The Gospellers
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《続・コイシイヒト》
あがってしまった息を整える時間さえ惜しくて、俺はせっかちにインターフォンを鳴らした。
扉の向こうから遠く、彼女の返事が聞こえた。
パタパタというのは彼女の動きに伴ってスリッパが立てる音。
それに続いていくつかの物音がした。
軽く目を閉じて部屋の中を慌てて片付けているであろう彼女の様子を想像する。
生ぬるく俺を包み込む風には夏という季節が持っている力が凝縮されているような気がした。
「お待たせしましたぁ」
無防備にドアを開けた彼女が小さな声を上げた。
「独り暮らしなんでしょ、もっと用心しなよ」
俺は締め出されないように、廊下に落ちた光の帯の一番明るい部分にすかさず足を差し込んだ。
彼女のアイメイクが崩れている理由は俺にはわからない。
ただ、強がらない彼女が無理をしていない彼女がそこにいる。
それだけは、はっきりしていた。
「どうしたんですか、そんなに汗を流して」
俺の額も首筋もベットリ汗に濡れていた。
Tシャツには前後にはっきり”島”が浮かび上がっている。
「ビール飲んじゃったから車を運転するわけにはいかなくてさ、自転車で来たんだよね」
俺は街頭の下に止めた借り物の自転車を指差した。
「駅からずっと続いてるあの長い坂道を登ってきたんですか? うそ …」
彼女はまた、俺に初めての表情(かお)を見せた。
「ほんと」
にぃっこり笑って見せたけれど、彼女は少しも明るくならない。
「え、と …」
彼女が何に戸惑っているのかはわかっている。
だけど俺は引き下がることができない。
「ほら … 自転車っ! あのままにしてると違法駐輪で撤去されちゃいますよ」
一歩も内側には入れないとでも言うように
高いヒールの華奢なミュールをつっかけた彼女は俺の身体を押し出すようにして外に出てきた。
後ろ手で閉めた扉に急いでカギをかけて無理に笑うから、
切なくて抱きしめたい衝動に駆られるのは、この夏の熱気に狂ったせいじゃない。
「いいよ、あの自転車、俺のじゃないし」
俺の前にたって歩き始める彼女の後姿。
長い髪はアップにしてあるけれど、解れ髪がほんの少し汗ばんだ項と一緒になって色っぽさが滲む。
だったらなおさら、と振り返った彼女。
「少し … 一緒に歩いていただけますか?」
視線を前に戻してからの小さな声だったけれど俺は、はっきり聴き取ることができた。
「もちろん!」
何かを話してくれると思ったのは俺の勘違いで、
彼女はカタンカタンと小さなヒールの音を響かせ、夜空を見上げてぼんやり歩くだけ。
「月 … 今夜はやさしいですね」
やっと声を聞かせてくれたと思ったらたった一言それだけ。
並ぶ二人の間には借りてきた自転車。
もどかしいのに、俺はスニーカーの先を見つめることしかできない。
ゆっくりゆっくり歩いていたはずなのに、いつのまにか坂は下りきっていて駅はもう目の前だ。
少しだけ俺の前に出た彼女は、小さな細い路地に歩みを進めた。
当然、俺はそれに着いて行く。
「自転車なんだから、いいですよね」
ひっそり佇む店の前で彼女はきっと微笑んでいたのだと思う。
残念ながら、月光の影になっていて俺には見えなかったけれど。
「珍しいね」
俺が知る範囲では、彼女はアルコールを習慣的に楽しむ人でも、ストレスを発散させるようなタイプでもない。
「飲みたいって思う夜だってあるんです」
「なにを飲まれます?」
「俺はビール」
「本当に好きですね」
カクテルよりビールを好んで飲んでいることに気付いていてくれたことが、俺に期待をさせる。
「ビールと … ミモザ」
ドリンクが来るまでの間、彼女は落ち着かない様子で内装を見回していた。
この店が彼女の行きつけの店、というわけではないようで、そのことに少しほっとしている俺がいた。
「今夜はありがとうございます」
グラスを軽く傾けるだけ。
2つのグラスが触れ合うことはなくて、重なったのは「乾杯」という2人の声だけ。
ミモザを一口含んだ彼女は、グラスを傾けたり、きれいにネイルが施された指でグラスの脚などをなぞっている。
「笑わないで欲しいし、怒らないで欲しいんですけど …」
そこで言葉を切った彼女は、俺が止めるまもなく、一気にミモザを飲んでしまった。
「本当はこんな飲み方、好きじゃないんですよ」
自嘲的な笑みを浮かべて、彼女は俺から視線を外した。
「恋って落ちるものだと思ってた。そんな風に言ってる直木賞作家もいるでしょう。
でも … 恋は、するものって気づいたの、ようやく。待っていてもダメなんだよね」
突然敬語ではなくなった彼女の喋りとメイクをしていない顔、アルコールの入った顔にドキドキする。
静かな告白を聞いている俺の喉はビールを飲んでいるのにカラカラになっていた。
「優しくしてくれるなら誰でも好きになれそうな気がしてた … ついさっきまで」
「… いまは?」
声がかすれたのは、渇きのせいなのか緊張のせいなのか。
「いまは … 」
その先を早く聞きたい気持ちを押さえて、彼女の言葉を待つ。
「いま … は … ごめんなさい、泣くつもりじゃなかったんですけど」
その言葉の続き。
聞きたい気持ち半分、言わせたくない気持ち半分。
だから、いつか俺に言わせて。
だけど、いつか俺に聞かせて。
彼女に少し近づけた夜。2人で少し切なかった夜。
あがってしまった息を整える時間さえ惜しくて、俺はせっかちにインターフォンを鳴らした。
扉の向こうから遠く、彼女の返事が聞こえた。
パタパタというのは彼女の動きに伴ってスリッパが立てる音。
それに続いていくつかの物音がした。
軽く目を閉じて部屋の中を慌てて片付けているであろう彼女の様子を想像する。
生ぬるく俺を包み込む風には夏という季節が持っている力が凝縮されているような気がした。
「お待たせしましたぁ」
無防備にドアを開けた彼女が小さな声を上げた。
「独り暮らしなんでしょ、もっと用心しなよ」
俺は締め出されないように、廊下に落ちた光の帯の一番明るい部分にすかさず足を差し込んだ。
彼女のアイメイクが崩れている理由は俺にはわからない。
ただ、強がらない彼女が無理をしていない彼女がそこにいる。
それだけは、はっきりしていた。
「どうしたんですか、そんなに汗を流して」
俺の額も首筋もベットリ汗に濡れていた。
Tシャツには前後にはっきり”島”が浮かび上がっている。
「ビール飲んじゃったから車を運転するわけにはいかなくてさ、自転車で来たんだよね」
俺は街頭の下に止めた借り物の自転車を指差した。
「駅からずっと続いてるあの長い坂道を登ってきたんですか? うそ …」
彼女はまた、俺に初めての表情(かお)を見せた。
「ほんと」
にぃっこり笑って見せたけれど、彼女は少しも明るくならない。
「え、と …」
彼女が何に戸惑っているのかはわかっている。
だけど俺は引き下がることができない。
「ほら … 自転車っ! あのままにしてると違法駐輪で撤去されちゃいますよ」
一歩も内側には入れないとでも言うように
高いヒールの華奢なミュールをつっかけた彼女は俺の身体を押し出すようにして外に出てきた。
後ろ手で閉めた扉に急いでカギをかけて無理に笑うから、
切なくて抱きしめたい衝動に駆られるのは、この夏の熱気に狂ったせいじゃない。
「いいよ、あの自転車、俺のじゃないし」
俺の前にたって歩き始める彼女の後姿。
長い髪はアップにしてあるけれど、解れ髪がほんの少し汗ばんだ項と一緒になって色っぽさが滲む。
だったらなおさら、と振り返った彼女。
「少し … 一緒に歩いていただけますか?」
視線を前に戻してからの小さな声だったけれど俺は、はっきり聴き取ることができた。
「もちろん!」
何かを話してくれると思ったのは俺の勘違いで、
彼女はカタンカタンと小さなヒールの音を響かせ、夜空を見上げてぼんやり歩くだけ。
「月 … 今夜はやさしいですね」
やっと声を聞かせてくれたと思ったらたった一言それだけ。
並ぶ二人の間には借りてきた自転車。
もどかしいのに、俺はスニーカーの先を見つめることしかできない。
ゆっくりゆっくり歩いていたはずなのに、いつのまにか坂は下りきっていて駅はもう目の前だ。
少しだけ俺の前に出た彼女は、小さな細い路地に歩みを進めた。
当然、俺はそれに着いて行く。
「自転車なんだから、いいですよね」
ひっそり佇む店の前で彼女はきっと微笑んでいたのだと思う。
残念ながら、月光の影になっていて俺には見えなかったけれど。
「珍しいね」
俺が知る範囲では、彼女はアルコールを習慣的に楽しむ人でも、ストレスを発散させるようなタイプでもない。
「飲みたいって思う夜だってあるんです」
「なにを飲まれます?」
「俺はビール」
「本当に好きですね」
カクテルよりビールを好んで飲んでいることに気付いていてくれたことが、俺に期待をさせる。
「ビールと … ミモザ」
ドリンクが来るまでの間、彼女は落ち着かない様子で内装を見回していた。
この店が彼女の行きつけの店、というわけではないようで、そのことに少しほっとしている俺がいた。
「今夜はありがとうございます」
グラスを軽く傾けるだけ。
2つのグラスが触れ合うことはなくて、重なったのは「乾杯」という2人の声だけ。
ミモザを一口含んだ彼女は、グラスを傾けたり、きれいにネイルが施された指でグラスの脚などをなぞっている。
「笑わないで欲しいし、怒らないで欲しいんですけど …」
そこで言葉を切った彼女は、俺が止めるまもなく、一気にミモザを飲んでしまった。
「本当はこんな飲み方、好きじゃないんですよ」
自嘲的な笑みを浮かべて、彼女は俺から視線を外した。
「恋って落ちるものだと思ってた。そんな風に言ってる直木賞作家もいるでしょう。
でも … 恋は、するものって気づいたの、ようやく。待っていてもダメなんだよね」
突然敬語ではなくなった彼女の喋りとメイクをしていない顔、アルコールの入った顔にドキドキする。
静かな告白を聞いている俺の喉はビールを飲んでいるのにカラカラになっていた。
「優しくしてくれるなら誰でも好きになれそうな気がしてた … ついさっきまで」
「… いまは?」
声がかすれたのは、渇きのせいなのか緊張のせいなのか。
「いまは … 」
その先を早く聞きたい気持ちを押さえて、彼女の言葉を待つ。
「いま … は … ごめんなさい、泣くつもりじゃなかったんですけど」
その言葉の続き。
聞きたい気持ち半分、言わせたくない気持ち半分。
だから、いつか俺に言わせて。
だけど、いつか俺に聞かせて。
彼女に少し近づけた夜。2人で少し切なかった夜。
♪ Billy Joel
《久しぶりに駄文を公開》
ジーンズのポケットで、しつこく携帯が騒いでいた。
「はい。」
アルコールに気持よく酔っているので、ロレツが回らない。
向こうには「あい」くらいに聞こえたかもしれない。
「いま、時間いいですか?」
確かめなかった相手は、俺が少し苛々していることを敏感に感じとったのかもしれない。
「盛り上がってるところなんだよね。
先輩が弱いくせにハイペースでグラスをあけちゃってさ。
できれば後にしてくれる?」
左手で耳を押さえながら、ざわめきの中で叫ぶように俺は言った。
「ごめんなさい。切ります。夜は長いですから楽しんでください。じゃあ。」
パチンと音を立てて畳んだ携帯をジーンズのポケットにねじりこむ。
少し腰を浮かせるような態勢になった俺を、
隣でずっと枝豆を食べていた男がじっと見ていることに気付いた。
「何?」
「電話の相手、彼女だったんじゃないの?」
「だったら何?」
ジョッキに3㎝くらい残っていた生ビールを一気に喉に流し込む。
ジョッキについていた水滴が膝の上に落ちた。
気持ち悪い感じがジーンズの上に広がっていく。
「だったら何、じゃないだろう。もっと優しい声、出してやれないのかよ。」
「彼女じゃないって。俺、いまフリーだから。」
問いかけた男が"あの子"という意味で彼女と言ったのだと、
わかっているのに軽い声色ではぐらかした。
先ほど携帯を突っ込んだのとはの反対のポケットからライターとタバコを出して、すぐに火をつける。
「彼女じゃなくても、女じゃん。あんな言い方はかわいそうだろ。お前らしくもない。」
男はタバコを軽く口にして、顔を俺に近づけた。
「俺らしくないって?」
火をあげた俺に男はわざと吸ったばかりの煙を吹きかけた。
「そうだよ。お前は俺にお前の何がわかるんだ、って思うかもしれないけどな。」
そう言って、男は今度は反対側に煙を吐き出して話を続ける。
「確かにあいつらは盛り上がってるけどさ、
お前はうまそうにのんでないぞ。酒も、タバコも。」
「そうだろう」と言うかわりに、男は少しだけ眉を持ち上げた。
そんなことない、と言おうとして口から離したタバコを必要以上に灰皿に押し付けて揉み消した。
火をつけたばかりなのに、もったいないなんて考える余裕さえなかった。
「別に。」
否定の言葉は宙に浮いた。
「彼女この前、言ってたんだよ。
いま優しくされたら誰であっても好きになっちゃいそうって。」
「そりゃあひでー話だな。」
男は細い目をいっそう狭めて、空を睨んだ。
俺が彼女に優しくすることは、全然難しいことなんかじゃない。
だけど、誰でもいいから好きになる、なんて言われるのは悔しいじゃないか。淋しいじゃないか。
俺じゃなきゃダメって言わせたい。
優しいひとなら誰でもいいだなんて言わせたくない。
「気持ちがわからないわけじゃないけどさ、こんな風にしてる間に、
他の誰かが彼女に優しくするかもしれないことを想定しなくていいわけ?
そういうヤツ、きっといるぞ。」
「彼女は大丈夫だって。」
皿の上に最後に残った鳥の唐揚げに素早く箸を伸ばしてそのまま勢いよく頬張った。
「彼女、最近キレイになったよな。」
不適な笑みを浮かべて、男は俺の目の前で携帯の操作をはじめた。
無視しようと思っていたけれど、やっぱり気になって、
チラリチラリとみやる俺を男がちゃんと意識しているのがわかった。
「じゃあさ、例えば…」
男はゆっくりタバコを揉み消した。
「俺が彼女に優しくしたっていいんだよな?」
問われても、俺には答えるべき言葉がみつからなかった。
「もしも~し。あれっ、泣いてるの?」
男は、わざとらしく大きな声で言い残し、スニーカーのかかとを踏み潰して、そそくさとこの場から立ち去った。
男は誰と話しているのだろう。まだ3分も経っていないのに、
俺はいらいらしはじめている。
あれくらいの茶番はなんてことない。男の芝居かもしれないのに。
そもそも、優しくしてくれるなら誰でもいいなんて、彼女の本気だったのだろうか。
考えても答えがわかるはずのないことに、俺は頭を抱える。
本人に尋ねるしかないのに、俺はただ膝を抱える。
未来の俺は、今夜の俺を笑うのだろうか。それとも怒るのだろうか。
まだ帰って来ない男を待つのは嫌な気分だ。さっきから5分も経っていないのに。気の短い自分に呆れながら、豚足にかぶりつく。
手がベトベトになって、口の回りがギトギトになって、なんとなくいい気分。飢えた野犬のような勢いで豚足に食いついた。無心になって豚足をしゃぶった。
食いつくしてしまっても、男はまだ戻って来ない。タバコを買いに行くことを思いついて、財布の中を確認する。こういう時にかぎって、適当な大きさの金がなかったりする。
五千円札や一万円札を自動販売機で使うのはなんだか嫌で、
「300円貸してよ」とテーブルの上に手を出した。
高い位置から広げた掌に落ちてきたのは、100円硬貨ではなくて、少しあたたかい鍵。
見上げると、席を外していたあの男が俺を見下ろしていた。
「行けよ。待ってるみたいだぜ、お前のこと。」
弾かれるように立ち上がり、財布の中から抜き出した五千円札を男に握らせて、
俺は熱気と狂気が充満する小さな店を飛び出した。
恋人でいるよりも、友だちとして傍で笑っている方がいいだなんて、もう言わない。
ジーンズのポケットで、しつこく携帯が騒いでいた。
「はい。」
アルコールに気持よく酔っているので、ロレツが回らない。
向こうには「あい」くらいに聞こえたかもしれない。
「いま、時間いいですか?」
確かめなかった相手は、俺が少し苛々していることを敏感に感じとったのかもしれない。
「盛り上がってるところなんだよね。
先輩が弱いくせにハイペースでグラスをあけちゃってさ。
できれば後にしてくれる?」
左手で耳を押さえながら、ざわめきの中で叫ぶように俺は言った。
「ごめんなさい。切ります。夜は長いですから楽しんでください。じゃあ。」
パチンと音を立てて畳んだ携帯をジーンズのポケットにねじりこむ。
少し腰を浮かせるような態勢になった俺を、
隣でずっと枝豆を食べていた男がじっと見ていることに気付いた。
「何?」
「電話の相手、彼女だったんじゃないの?」
「だったら何?」
ジョッキに3㎝くらい残っていた生ビールを一気に喉に流し込む。
ジョッキについていた水滴が膝の上に落ちた。
気持ち悪い感じがジーンズの上に広がっていく。
「だったら何、じゃないだろう。もっと優しい声、出してやれないのかよ。」
「彼女じゃないって。俺、いまフリーだから。」
問いかけた男が"あの子"という意味で彼女と言ったのだと、
わかっているのに軽い声色ではぐらかした。
先ほど携帯を突っ込んだのとはの反対のポケットからライターとタバコを出して、すぐに火をつける。
「彼女じゃなくても、女じゃん。あんな言い方はかわいそうだろ。お前らしくもない。」
男はタバコを軽く口にして、顔を俺に近づけた。
「俺らしくないって?」
火をあげた俺に男はわざと吸ったばかりの煙を吹きかけた。
「そうだよ。お前は俺にお前の何がわかるんだ、って思うかもしれないけどな。」
そう言って、男は今度は反対側に煙を吐き出して話を続ける。
「確かにあいつらは盛り上がってるけどさ、
お前はうまそうにのんでないぞ。酒も、タバコも。」
「そうだろう」と言うかわりに、男は少しだけ眉を持ち上げた。
そんなことない、と言おうとして口から離したタバコを必要以上に灰皿に押し付けて揉み消した。
火をつけたばかりなのに、もったいないなんて考える余裕さえなかった。
「別に。」
否定の言葉は宙に浮いた。
「彼女この前、言ってたんだよ。
いま優しくされたら誰であっても好きになっちゃいそうって。」
「そりゃあひでー話だな。」
男は細い目をいっそう狭めて、空を睨んだ。
俺が彼女に優しくすることは、全然難しいことなんかじゃない。
だけど、誰でもいいから好きになる、なんて言われるのは悔しいじゃないか。淋しいじゃないか。
俺じゃなきゃダメって言わせたい。
優しいひとなら誰でもいいだなんて言わせたくない。
「気持ちがわからないわけじゃないけどさ、こんな風にしてる間に、
他の誰かが彼女に優しくするかもしれないことを想定しなくていいわけ?
そういうヤツ、きっといるぞ。」
「彼女は大丈夫だって。」
皿の上に最後に残った鳥の唐揚げに素早く箸を伸ばしてそのまま勢いよく頬張った。
「彼女、最近キレイになったよな。」
不適な笑みを浮かべて、男は俺の目の前で携帯の操作をはじめた。
無視しようと思っていたけれど、やっぱり気になって、
チラリチラリとみやる俺を男がちゃんと意識しているのがわかった。
「じゃあさ、例えば…」
男はゆっくりタバコを揉み消した。
「俺が彼女に優しくしたっていいんだよな?」
問われても、俺には答えるべき言葉がみつからなかった。
「もしも~し。あれっ、泣いてるの?」
男は、わざとらしく大きな声で言い残し、スニーカーのかかとを踏み潰して、そそくさとこの場から立ち去った。
男は誰と話しているのだろう。まだ3分も経っていないのに、
俺はいらいらしはじめている。
あれくらいの茶番はなんてことない。男の芝居かもしれないのに。
そもそも、優しくしてくれるなら誰でもいいなんて、彼女の本気だったのだろうか。
考えても答えがわかるはずのないことに、俺は頭を抱える。
本人に尋ねるしかないのに、俺はただ膝を抱える。
未来の俺は、今夜の俺を笑うのだろうか。それとも怒るのだろうか。
まだ帰って来ない男を待つのは嫌な気分だ。さっきから5分も経っていないのに。気の短い自分に呆れながら、豚足にかぶりつく。
手がベトベトになって、口の回りがギトギトになって、なんとなくいい気分。飢えた野犬のような勢いで豚足に食いついた。無心になって豚足をしゃぶった。
食いつくしてしまっても、男はまだ戻って来ない。タバコを買いに行くことを思いついて、財布の中を確認する。こういう時にかぎって、適当な大きさの金がなかったりする。
五千円札や一万円札を自動販売機で使うのはなんだか嫌で、
「300円貸してよ」とテーブルの上に手を出した。
高い位置から広げた掌に落ちてきたのは、100円硬貨ではなくて、少しあたたかい鍵。
見上げると、席を外していたあの男が俺を見下ろしていた。
「行けよ。待ってるみたいだぜ、お前のこと。」
弾かれるように立ち上がり、財布の中から抜き出した五千円札を男に握らせて、
俺は熱気と狂気が充満する小さな店を飛び出した。
恋人でいるよりも、友だちとして傍で笑っている方がいいだなんて、もう言わない。
♪ 松たか子
Calender
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