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《久しぶりに駄文を公開》

ジーンズのポケットで、しつこく携帯が騒いでいた。
「はい。」
アルコールに気持よく酔っているので、ロレツが回らない。
向こうには「あい」くらいに聞こえたかもしれない。
「いま、時間いいですか?」
確かめなかった相手は、俺が少し苛々していることを敏感に感じとったのかもしれない。
「盛り上がってるところなんだよね。
先輩が弱いくせにハイペースでグラスをあけちゃってさ。
できれば後にしてくれる?」
左手で耳を押さえながら、ざわめきの中で叫ぶように俺は言った。
「ごめんなさい。切ります。夜は長いですから楽しんでください。じゃあ。」
パチンと音を立てて畳んだ携帯をジーンズのポケットにねじりこむ。
少し腰を浮かせるような態勢になった俺を、
隣でずっと枝豆を食べていた男がじっと見ていることに気付いた。
「何?」
「電話の相手、彼女だったんじゃないの?」
「だったら何?」
ジョッキに3㎝くらい残っていた生ビールを一気に喉に流し込む。
ジョッキについていた水滴が膝の上に落ちた。
気持ち悪い感じがジーンズの上に広がっていく。

「だったら何、じゃないだろう。もっと優しい声、出してやれないのかよ。」
「彼女じゃないって。俺、いまフリーだから。」
問いかけた男が"あの子"という意味で彼女と言ったのだと、
わかっているのに軽い声色ではぐらかした。


先ほど携帯を突っ込んだのとはの反対のポケットからライターとタバコを出して、すぐに火をつける。
「彼女じゃなくても、女じゃん。あんな言い方はかわいそうだろ。お前らしくもない。」
男はタバコを軽く口にして、顔を俺に近づけた。
「俺らしくないって?」
火をあげた俺に男はわざと吸ったばかりの煙を吹きかけた。
「そうだよ。お前は俺にお前の何がわかるんだ、って思うかもしれないけどな。」
そう言って、男は今度は反対側に煙を吐き出して話を続ける。
「確かにあいつらは盛り上がってるけどさ、
お前はうまそうにのんでないぞ。酒も、タバコも。」
「そうだろう」と言うかわりに、男は少しだけ眉を持ち上げた。
そんなことない、と言おうとして口から離したタバコを必要以上に灰皿に押し付けて揉み消した。
火をつけたばかりなのに、もったいないなんて考える余裕さえなかった。
「別に。」
否定の言葉は宙に浮いた。
「彼女この前、言ってたんだよ。
いま優しくされたら誰であっても好きになっちゃいそうって。」
「そりゃあひでー話だな。」
男は細い目をいっそう狭めて、空を睨んだ。

俺が彼女に優しくすることは、全然難しいことなんかじゃない。
だけど、誰でもいいから好きになる、なんて言われるのは悔しいじゃないか。淋しいじゃないか。
俺じゃなきゃダメって言わせたい。
優しいひとなら誰でもいいだなんて言わせたくない。

「気持ちがわからないわけじゃないけどさ、こんな風にしてる間に、
他の誰かが彼女に優しくするかもしれないことを想定しなくていいわけ?
そういうヤツ、きっといるぞ。」
「彼女は大丈夫だって。」
皿の上に最後に残った鳥の唐揚げに素早く箸を伸ばしてそのまま勢いよく頬張った。
「彼女、最近キレイになったよな。」
不適な笑みを浮かべて、男は俺の目の前で携帯の操作をはじめた。
無視しようと思っていたけれど、やっぱり気になって、
チラリチラリとみやる俺を男がちゃんと意識しているのがわかった。

「じゃあさ、例えば…」
男はゆっくりタバコを揉み消した。
「俺が彼女に優しくしたっていいんだよな?」

問われても、俺には答えるべき言葉がみつからなかった。
「もしも~し。あれっ、泣いてるの?」
男は、わざとらしく大きな声で言い残し、スニーカーのかかとを踏み潰して、そそくさとこの場から立ち去った。

男は誰と話しているのだろう。まだ3分も経っていないのに、
俺はいらいらしはじめている。
あれくらいの茶番はなんてことない。男の芝居かもしれないのに。
そもそも、優しくしてくれるなら誰でもいいなんて、彼女の本気だったのだろうか。

考えても答えがわかるはずのないことに、俺は頭を抱える。
本人に尋ねるしかないのに、俺はただ膝を抱える。
未来の俺は、今夜の俺を笑うのだろうか。それとも怒るのだろうか。
まだ帰って来ない男を待つのは嫌な気分だ。さっきから5分も経っていないのに。気の短い自分に呆れながら、豚足にかぶりつく。
手がベトベトになって、口の回りがギトギトになって、なんとなくいい気分。飢えた野犬のような勢いで豚足に食いついた。無心になって豚足をしゃぶった。

食いつくしてしまっても、男はまだ戻って来ない。タバコを買いに行くことを思いついて、財布の中を確認する。こういう時にかぎって、適当な大きさの金がなかったりする。
五千円札や一万円札を自動販売機で使うのはなんだか嫌で、
「300円貸してよ」とテーブルの上に手を出した。

高い位置から広げた掌に落ちてきたのは、100円硬貨ではなくて、少しあたたかい鍵。
見上げると、席を外していたあの男が俺を見下ろしていた。

「行けよ。待ってるみたいだぜ、お前のこと。」
弾かれるように立ち上がり、財布の中から抜き出した五千円札を男に握らせて、
俺は熱気と狂気が充満する小さな店を飛び出した。

恋人でいるよりも、友だちとして傍で笑っている方がいいだなんて、もう言わない。

♪ 松たか子

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