with five senses
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《続・コイシイヒト》
あがってしまった息を整える時間さえ惜しくて、俺はせっかちにインターフォンを鳴らした。
扉の向こうから遠く、彼女の返事が聞こえた。
パタパタというのは彼女の動きに伴ってスリッパが立てる音。
それに続いていくつかの物音がした。
軽く目を閉じて部屋の中を慌てて片付けているであろう彼女の様子を想像する。
生ぬるく俺を包み込む風には夏という季節が持っている力が凝縮されているような気がした。
「お待たせしましたぁ」
無防備にドアを開けた彼女が小さな声を上げた。
「独り暮らしなんでしょ、もっと用心しなよ」
俺は締め出されないように、廊下に落ちた光の帯の一番明るい部分にすかさず足を差し込んだ。
彼女のアイメイクが崩れている理由は俺にはわからない。
ただ、強がらない彼女が無理をしていない彼女がそこにいる。
それだけは、はっきりしていた。
「どうしたんですか、そんなに汗を流して」
俺の額も首筋もベットリ汗に濡れていた。
Tシャツには前後にはっきり”島”が浮かび上がっている。
「ビール飲んじゃったから車を運転するわけにはいかなくてさ、自転車で来たんだよね」
俺は街頭の下に止めた借り物の自転車を指差した。
「駅からずっと続いてるあの長い坂道を登ってきたんですか? うそ …」
彼女はまた、俺に初めての表情(かお)を見せた。
「ほんと」
にぃっこり笑って見せたけれど、彼女は少しも明るくならない。
「え、と …」
彼女が何に戸惑っているのかはわかっている。
だけど俺は引き下がることができない。
「ほら … 自転車っ! あのままにしてると違法駐輪で撤去されちゃいますよ」
一歩も内側には入れないとでも言うように
高いヒールの華奢なミュールをつっかけた彼女は俺の身体を押し出すようにして外に出てきた。
後ろ手で閉めた扉に急いでカギをかけて無理に笑うから、
切なくて抱きしめたい衝動に駆られるのは、この夏の熱気に狂ったせいじゃない。
「いいよ、あの自転車、俺のじゃないし」
俺の前にたって歩き始める彼女の後姿。
長い髪はアップにしてあるけれど、解れ髪がほんの少し汗ばんだ項と一緒になって色っぽさが滲む。
だったらなおさら、と振り返った彼女。
「少し … 一緒に歩いていただけますか?」
視線を前に戻してからの小さな声だったけれど俺は、はっきり聴き取ることができた。
「もちろん!」
何かを話してくれると思ったのは俺の勘違いで、
彼女はカタンカタンと小さなヒールの音を響かせ、夜空を見上げてぼんやり歩くだけ。
「月 … 今夜はやさしいですね」
やっと声を聞かせてくれたと思ったらたった一言それだけ。
並ぶ二人の間には借りてきた自転車。
もどかしいのに、俺はスニーカーの先を見つめることしかできない。
ゆっくりゆっくり歩いていたはずなのに、いつのまにか坂は下りきっていて駅はもう目の前だ。
少しだけ俺の前に出た彼女は、小さな細い路地に歩みを進めた。
当然、俺はそれに着いて行く。
「自転車なんだから、いいですよね」
ひっそり佇む店の前で彼女はきっと微笑んでいたのだと思う。
残念ながら、月光の影になっていて俺には見えなかったけれど。
「珍しいね」
俺が知る範囲では、彼女はアルコールを習慣的に楽しむ人でも、ストレスを発散させるようなタイプでもない。
「飲みたいって思う夜だってあるんです」
「なにを飲まれます?」
「俺はビール」
「本当に好きですね」
カクテルよりビールを好んで飲んでいることに気付いていてくれたことが、俺に期待をさせる。
「ビールと … ミモザ」
ドリンクが来るまでの間、彼女は落ち着かない様子で内装を見回していた。
この店が彼女の行きつけの店、というわけではないようで、そのことに少しほっとしている俺がいた。
「今夜はありがとうございます」
グラスを軽く傾けるだけ。
2つのグラスが触れ合うことはなくて、重なったのは「乾杯」という2人の声だけ。
ミモザを一口含んだ彼女は、グラスを傾けたり、きれいにネイルが施された指でグラスの脚などをなぞっている。
「笑わないで欲しいし、怒らないで欲しいんですけど …」
そこで言葉を切った彼女は、俺が止めるまもなく、一気にミモザを飲んでしまった。
「本当はこんな飲み方、好きじゃないんですよ」
自嘲的な笑みを浮かべて、彼女は俺から視線を外した。
「恋って落ちるものだと思ってた。そんな風に言ってる直木賞作家もいるでしょう。
でも … 恋は、するものって気づいたの、ようやく。待っていてもダメなんだよね」
突然敬語ではなくなった彼女の喋りとメイクをしていない顔、アルコールの入った顔にドキドキする。
静かな告白を聞いている俺の喉はビールを飲んでいるのにカラカラになっていた。
「優しくしてくれるなら誰でも好きになれそうな気がしてた … ついさっきまで」
「… いまは?」
声がかすれたのは、渇きのせいなのか緊張のせいなのか。
「いまは … 」
その先を早く聞きたい気持ちを押さえて、彼女の言葉を待つ。
「いま … は … ごめんなさい、泣くつもりじゃなかったんですけど」
その言葉の続き。
聞きたい気持ち半分、言わせたくない気持ち半分。
だから、いつか俺に言わせて。
だけど、いつか俺に聞かせて。
彼女に少し近づけた夜。2人で少し切なかった夜。
あがってしまった息を整える時間さえ惜しくて、俺はせっかちにインターフォンを鳴らした。
扉の向こうから遠く、彼女の返事が聞こえた。
パタパタというのは彼女の動きに伴ってスリッパが立てる音。
それに続いていくつかの物音がした。
軽く目を閉じて部屋の中を慌てて片付けているであろう彼女の様子を想像する。
生ぬるく俺を包み込む風には夏という季節が持っている力が凝縮されているような気がした。
「お待たせしましたぁ」
無防備にドアを開けた彼女が小さな声を上げた。
「独り暮らしなんでしょ、もっと用心しなよ」
俺は締め出されないように、廊下に落ちた光の帯の一番明るい部分にすかさず足を差し込んだ。
彼女のアイメイクが崩れている理由は俺にはわからない。
ただ、強がらない彼女が無理をしていない彼女がそこにいる。
それだけは、はっきりしていた。
「どうしたんですか、そんなに汗を流して」
俺の額も首筋もベットリ汗に濡れていた。
Tシャツには前後にはっきり”島”が浮かび上がっている。
「ビール飲んじゃったから車を運転するわけにはいかなくてさ、自転車で来たんだよね」
俺は街頭の下に止めた借り物の自転車を指差した。
「駅からずっと続いてるあの長い坂道を登ってきたんですか? うそ …」
彼女はまた、俺に初めての表情(かお)を見せた。
「ほんと」
にぃっこり笑って見せたけれど、彼女は少しも明るくならない。
「え、と …」
彼女が何に戸惑っているのかはわかっている。
だけど俺は引き下がることができない。
「ほら … 自転車っ! あのままにしてると違法駐輪で撤去されちゃいますよ」
一歩も内側には入れないとでも言うように
高いヒールの華奢なミュールをつっかけた彼女は俺の身体を押し出すようにして外に出てきた。
後ろ手で閉めた扉に急いでカギをかけて無理に笑うから、
切なくて抱きしめたい衝動に駆られるのは、この夏の熱気に狂ったせいじゃない。
「いいよ、あの自転車、俺のじゃないし」
俺の前にたって歩き始める彼女の後姿。
長い髪はアップにしてあるけれど、解れ髪がほんの少し汗ばんだ項と一緒になって色っぽさが滲む。
だったらなおさら、と振り返った彼女。
「少し … 一緒に歩いていただけますか?」
視線を前に戻してからの小さな声だったけれど俺は、はっきり聴き取ることができた。
「もちろん!」
何かを話してくれると思ったのは俺の勘違いで、
彼女はカタンカタンと小さなヒールの音を響かせ、夜空を見上げてぼんやり歩くだけ。
「月 … 今夜はやさしいですね」
やっと声を聞かせてくれたと思ったらたった一言それだけ。
並ぶ二人の間には借りてきた自転車。
もどかしいのに、俺はスニーカーの先を見つめることしかできない。
ゆっくりゆっくり歩いていたはずなのに、いつのまにか坂は下りきっていて駅はもう目の前だ。
少しだけ俺の前に出た彼女は、小さな細い路地に歩みを進めた。
当然、俺はそれに着いて行く。
「自転車なんだから、いいですよね」
ひっそり佇む店の前で彼女はきっと微笑んでいたのだと思う。
残念ながら、月光の影になっていて俺には見えなかったけれど。
「珍しいね」
俺が知る範囲では、彼女はアルコールを習慣的に楽しむ人でも、ストレスを発散させるようなタイプでもない。
「飲みたいって思う夜だってあるんです」
「なにを飲まれます?」
「俺はビール」
「本当に好きですね」
カクテルよりビールを好んで飲んでいることに気付いていてくれたことが、俺に期待をさせる。
「ビールと … ミモザ」
ドリンクが来るまでの間、彼女は落ち着かない様子で内装を見回していた。
この店が彼女の行きつけの店、というわけではないようで、そのことに少しほっとしている俺がいた。
「今夜はありがとうございます」
グラスを軽く傾けるだけ。
2つのグラスが触れ合うことはなくて、重なったのは「乾杯」という2人の声だけ。
ミモザを一口含んだ彼女は、グラスを傾けたり、きれいにネイルが施された指でグラスの脚などをなぞっている。
「笑わないで欲しいし、怒らないで欲しいんですけど …」
そこで言葉を切った彼女は、俺が止めるまもなく、一気にミモザを飲んでしまった。
「本当はこんな飲み方、好きじゃないんですよ」
自嘲的な笑みを浮かべて、彼女は俺から視線を外した。
「恋って落ちるものだと思ってた。そんな風に言ってる直木賞作家もいるでしょう。
でも … 恋は、するものって気づいたの、ようやく。待っていてもダメなんだよね」
突然敬語ではなくなった彼女の喋りとメイクをしていない顔、アルコールの入った顔にドキドキする。
静かな告白を聞いている俺の喉はビールを飲んでいるのにカラカラになっていた。
「優しくしてくれるなら誰でも好きになれそうな気がしてた … ついさっきまで」
「… いまは?」
声がかすれたのは、渇きのせいなのか緊張のせいなのか。
「いまは … 」
その先を早く聞きたい気持ちを押さえて、彼女の言葉を待つ。
「いま … は … ごめんなさい、泣くつもりじゃなかったんですけど」
その言葉の続き。
聞きたい気持ち半分、言わせたくない気持ち半分。
だから、いつか俺に言わせて。
だけど、いつか俺に聞かせて。
彼女に少し近づけた夜。2人で少し切なかった夜。
♪ Billy Joel
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