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with five senses
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季節外れですが、封印していたクリスマス小話。
ようやく公開する気になりました。

♪ 柴田淳


【Day That Love Began】

「な、出ようぜ」
「ん? いいよ。」
軽い調子だったから、わたしも深く考えずに返事をした。
ちょうど、キレイな空気を吸いたいと思ってたところなんだよね。
熱気と紫煙でむせかえるフロアを縦断して、
奥にある非常階段へ続くドアに足を向ける。
「そっちじゃねーよ。」
彼はわたしの手首を掴んで、出入口の方へ引っ張って行く。
「えっ?」
確かチケットには、「1ドリンク付き、再入場不可」と書いてあったはず。
「もう帰っちゃうの?」
ゲストDJはもちろんマスターも夜はこれからって顔してる。
ここで帰ってしまうのは、すごくもったいないんじゃないかな。
彼とは夏のダンスソウルナイトで出会った。
わたしはフロアで踊らずに、ずっとカウンターでDJと話していた。
イベントの時には、マスター以外に全国からゲストDJがやってくる。
入れ替わり立ち替わりブースに入る彼らは、
わたしが知らない世界をたくさん教えてくれる。
「ねぇ、ちょっと踊らない?」
「なんだよ、お前。彼女はオレと喋ってんの。」
「カズは男が女を口説くのを手伝うために回してんだろう。
 だったら、俺が彼女を誘っても問題ない。違う?」
そういえば、ブースに入ってきたとき、目の前のDJはカズと
名乗っていたような気がする。
カズが回す音楽には興味があっても、カズ本人には関心がなかったので
すっかり忘れていた。
「わたし、ステップ全然わかんないし。」
「でも、曲に合わせて身体を揺らすことはできるでしょ?」
「まぁ、それくらいは。」
「だったら大丈夫。あとは俺に任せてくれればちゃんとリードするし。」
あぁ、このしつこさ。苦手かも … と思ったのに、
結局、わたしは彼と一緒に何曲か踊った。
あれから何度かマスターの店で顔を合わせることもあって。
なんとなく話をする仲になっていた。

お酒は飲むけど、タバコは嫌いとか。
ダンスチューンよりはメロウなもの。
牛肉よりは鶏肉が好きとか。
そんな共通点が、2人の距離を縮めたような気がする。

「わかんない? 誘ってんだけど。
 それともみんなの前でお持ち帰り宣言でもされたいの?」
わたしはブンブンと首を振る。
親しくなってからも、彼の強引さは相変わらず。

「カズさん、まだだよ。」
「いいよ、アイツのことなんか。」
「あぁ~、でも、ほら。マスターには挨拶しなきゃ」
フロアにはたくさんの人が溢れてる。
カウンターとブースの外にいるマスターを探すのは結構たいへんだ。
右を見て、左を見て、もう一度、右を見て。
それでも見つからないから、ちょっと背伸びをしてグルリと見回して。
「… この隙に、さらって行っちゃうのもアリかな、
 とか思ってるんだけど … いい?」
「ダメ。」
「わかったよ。マスターに挨拶したら出るからな。」
彼が少しムッとしたような気がしたけれど
わたしだって、流されるばかりじゃないんだから。

「あっ!」
「マスター、見つかったか?」
わたしが突然、声をあげたので、彼は言った。
「ううん。カズさん。」
「はぁっ? あ、ホントだ。」
DJブースにはカズさんがいる。
「チューンがね、カズさんっぽいなって思ったんだ~。」
「聴いただけでわかるの?」
「ん~、なんとなく?」
フロアに流れるのはOtis Reddingの"Merry christmas baby"
目を閉じて耳を傾けると、とっても気持ちよくなってくる。
「俺、本気で行くわ。覚悟してて。」
「へ?」
言われたことの意味がわからず、なんともマヌケな声が出た。
曲はStevie Wonderの"Day That Love Began"に
変わっている気がするのだけれど、よくわからない。
彼の視線に閉じ込められて、隔離されてしまったような感覚が
襲ってくる。なに、これ? どうしよう …
そう思っている間に、じっとわたしを見つめていた彼にキスされた。
唇が触れた瞬間、拘束が解ける。
「な、に?」
「… 誘ったお前が悪い。」
「いつ、わたしが誘ったっていうのよ?」
やっと噛み付く言葉が出てくる。
「その目で誘っただろ?」
「はぁっ?」
「そんな目で見るなよ …」
「だから、そんな目ってどんな目よ。」
ハートフルな音楽に包まれているのに
全然違った範疇で泣きたくなっている自分は
ひどく惨めに思えて、さらに涙腺が刺激される。

「お前んとこに … 今夜行く。
 車で来てるんだろう? 助手席、空けとけよ。」

彼は先にフロアを出て行ってしまった。
残されたわたしは、当初の予定通り、
この後も続くクリスマスソウルの数々を楽しもうとしたのだけれど …
なんでだろう。
全然、心が弾まない。
理由は、わかってる。

ふいっと出て行ってしまった彼のことが気になるからだ。
助手席を空けておけって言っていたから、
暗くて冷たい地下駐車場でわたしを待ってるつもりなのだろう。
それをわかっていて、このままパーティを楽しめるようなわたしじゃない。

多分、それさえも、彼の計算のうちなのだろうけれど。

「遅い。」
エレベーターホールのところにあった自動販売機で買ってきたらしい
コーンスープの缶をさらりと首にかけたマフラーから僅かに覗く頬に当てて
人待ち顔で彼がいるから、振り回されているのはわたしの方なのに
罪悪感を感じてしまう。
急いでカーロックを解除して、助手席に置いていたポインセチアの鉢植えを
後部座席に移す。
当たり前のように乗り込んでくる彼。

これといった会話もなく、夜の街に滑り出した車を
カーステレオの中にあるNat King Coleの"The Chirstmas Song"が
柔らかく満たしていく。
「ベタだね~」
「悪い?」
「いいや。」
「じゃあ、黙ってて。」
「機嫌悪い?」
「当然でしょ。なんでキスなんかしたのよ。」

ダンスソウルナイトから、確実に近づいているのは気づいていた。
だけど、いままで一度もそういう雰囲気になったことなんてなかったのに。

「言ったろ。本気でいくって。」
「だから、なんで突然そうなるのよ。」
「お前は突然って思うかもしれないけど、
 俺はずっとそのつもりだったんだぜ。
 あ、ちょっとそこのコンビニ入って。」

言われたとおり、夜の街にくっきりと浮かび上がるコンビニの前に
車を停めた。
しゅるしゅるっとシートベルトを外す。
「降りないの?」
「 … 」
「じゃ、行くわよ」
ふぅと息を吐いて、外したばかりのシートベルトに手をかける。
「待てよ。」
「何よ。」
「絶対目逸らすな。」

その一言と、彼の視線でわたしはシートに縫いとめられてしまう。

「こんなに鈍感で手のかかるオンナ、初めてだよ。ホント、調子狂う。
 お前は俺のこと、音楽好きの友だちだと思ってるんだろうけど」
え、違うの?とは思っても声には出さない。
それにしても、鈍感とか手がかかるとか、
反論したいのを我慢して、おとなしく聞いていたら、
さっきから言いたい放題じゃない?
「… 一回しか言わないからな。
 俺は、お前が好きなの。わかった?
 … 返事は?」
本当は、あんまりよくわかっていないんだけど
促されると、なんとなく頷いちゃう癖があって。
思わず首を縦に振ったら、いままで見たことない、
子どものような笑顔を彼は見せた。
車内は暖房が効いているはずなのに、ちっとも暖かくない彼の手が
わたしの頬に添えられた、と思った次の瞬間には、また、キスされてた。

目の前はコンビニ。
すっごく明るくて、ムードのかけらもないのだけれど。
なぜかうっとりしちゃってるわたしがいる。

聖夜に何度も繰り返される接吻くちづけを
後部座席から真っ赤なポインセチアが見つめていた。

special thanks † Love Poison ~恋愛中毒~ † E-01

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久しぶりに…
久しぶりに恋詩さんのお話が読めて嬉しいですvv
おまけに私の大好きな「オレ様系」ときたもんだ(笑)
しっかり、蕩けさせていただきました!
  
私にもこれくらい強引な彼が現れて欲しい…なーんて。
瀧川 和音 URL 2007/05/22 16:50 編集
Re:久しぶりに…
サイト閉鎖の理由になった曰く付きの話(苦笑)
その辺りは、あんまり追求しないでね。
まだ、あっけらかんと話せるほどに
傷が癒えたわけではないから。

楽しんでもらえたなら、なにより。
思いっきり、季節外れなんだけどね(笑)
秋月恋詩 2007/05/22 17:17
悶々
こんばんは。
封印がとかれたのは嬉しいけれど…
傷口に塩にならに事をオネーサンは祈ってます。
茉莉子 2007/05/22 21:42 編集
茉莉子さん
いつもお心遣いいただきまして、ありがとうございます。

傷口、そのままにしていると化膿しちゃうかもしれないので
消毒してみようかなと思って。
見守っていていただけると嬉しいです。
秋月恋詩 2007/05/23 12:12
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