with five senses
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《七夕小話です》
お疲れさまと言いながら身体を滑り込ませる車の助手席。
オフィスの前は幹線道路ではないけれど、夕方から降り始めた雨のせいで交通量が多くなっている。
僕を乗せると同時に彼女の車は動き始めた。
「今年も晴れなかったね」
シートベルトを締めながら僕は彼女を見つめる。
雨が降っていても、会えてよかったと思いながら。
「そういえば去年も天気悪かったよね」
雨まで降っていたかどうかは思い出せないけれどと車の後方を黙視確認しながら彼女は言った。
そんな様子を見ていると、僕が運転しようかって言いたくなるけれど社有車だからダメなんだって。
たとえ僕が事故を起こさなくても、事故に巻き込まれてしまう可能性だってあるんだからと彼女は真面目な顔で主張する。
とりあえず早くここを抜け出したい。
どこか車を止められるところを早く見つけよう。
このままじゃ、やっと会えた彼女の手を握ることさえできないから。
毎日仕事で使っているくせに、運転には自信がないという彼女は
しっかり両手でハンドルを握っている。
ご丁寧に10時と2時の位置で。
マニュアル車で免許を取っている僕が運転すれば、
こうしている間だって手をつないでいられるのに。
雨を含んだ重い雨雲と同じように不満を含んだ僕の気持ちは下がっていく。
珍しく彼女が早い時間に仕事を終わらせて、僕の誘いに応じてくれることに
喜んでいた数十分前に戻りたいほど低気圧のど真ん中。
こんな風に会えるのは久しぶりなのにちっとも会話が弾まない。
その原因の在り処なんてわからない。
「今年も会えてよかった」
去年の願い事は"来年も会えますように"だったのだと彼女は教えてくれた。
運転中なのにチラリと僕の顔を見て。
彼女は今日、僕との時間を作るためにいつもより早く家を出たはずだ。
たとえたった1日のほんの数時間のことであっても
プライベートのために仕事を削るような女じゃないから。
そんな不器用な生き方しか出来ない彼女がいとしいのだけれど
そのせいで僕はひどく切ない気持ちになることが多い。
僕と彼女のことだけを考える時間を契約して欲しいけれど
僕と彼女の想いは星屑になって天の川に流される。
もっと近くに感じて欲しいのに、なぜか彼女は僕を彼女の世界の外に置きたがる。
今年も「来年も会えますように」と願ってくれるだろうか。
どうしようもないほど僕は彼女が好きだから、
どうしようもないのに僕は星に願って
彼女が2人の時間を契約してくれる日を待ちつづける。
ようやく渋滞の道から離れた彼女が路肩に車を寄せた。
シートベルトを外してハザードをつける。
カチカチという点滅にシンクロさせながら僕は彼女にキスをする。
流れ星が見えなくても、願いがきっと叶いますように。
お疲れさまと言いながら身体を滑り込ませる車の助手席。
オフィスの前は幹線道路ではないけれど、夕方から降り始めた雨のせいで交通量が多くなっている。
僕を乗せると同時に彼女の車は動き始めた。
「今年も晴れなかったね」
シートベルトを締めながら僕は彼女を見つめる。
雨が降っていても、会えてよかったと思いながら。
「そういえば去年も天気悪かったよね」
雨まで降っていたかどうかは思い出せないけれどと車の後方を黙視確認しながら彼女は言った。
そんな様子を見ていると、僕が運転しようかって言いたくなるけれど社有車だからダメなんだって。
たとえ僕が事故を起こさなくても、事故に巻き込まれてしまう可能性だってあるんだからと彼女は真面目な顔で主張する。
とりあえず早くここを抜け出したい。
どこか車を止められるところを早く見つけよう。
このままじゃ、やっと会えた彼女の手を握ることさえできないから。
毎日仕事で使っているくせに、運転には自信がないという彼女は
しっかり両手でハンドルを握っている。
ご丁寧に10時と2時の位置で。
マニュアル車で免許を取っている僕が運転すれば、
こうしている間だって手をつないでいられるのに。
雨を含んだ重い雨雲と同じように不満を含んだ僕の気持ちは下がっていく。
珍しく彼女が早い時間に仕事を終わらせて、僕の誘いに応じてくれることに
喜んでいた数十分前に戻りたいほど低気圧のど真ん中。
こんな風に会えるのは久しぶりなのにちっとも会話が弾まない。
その原因の在り処なんてわからない。
「今年も会えてよかった」
去年の願い事は"来年も会えますように"だったのだと彼女は教えてくれた。
運転中なのにチラリと僕の顔を見て。
彼女は今日、僕との時間を作るためにいつもより早く家を出たはずだ。
たとえたった1日のほんの数時間のことであっても
プライベートのために仕事を削るような女じゃないから。
そんな不器用な生き方しか出来ない彼女がいとしいのだけれど
そのせいで僕はひどく切ない気持ちになることが多い。
僕と彼女のことだけを考える時間を契約して欲しいけれど
僕と彼女の想いは星屑になって天の川に流される。
もっと近くに感じて欲しいのに、なぜか彼女は僕を彼女の世界の外に置きたがる。
今年も「来年も会えますように」と願ってくれるだろうか。
どうしようもないほど僕は彼女が好きだから、
どうしようもないのに僕は星に願って
彼女が2人の時間を契約してくれる日を待ちつづける。
ようやく渋滞の道から離れた彼女が路肩に車を寄せた。
シートベルトを外してハザードをつける。
カチカチという点滅にシンクロさせながら僕は彼女にキスをする。
流れ星が見えなくても、願いがきっと叶いますように。
♪ Skoop On Somebody / 佐藤竹善
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"Cafe au lait * Mode" 瀧川和音さんの七夕企画に参加vv
流す涙できれいな花を育てられますように
こんなお願い事は反則?(汗)
他にもいくつか考えたのですが、
七夕の短冊には他力本願ではないお願い事を書きたいな~と思いまして。
楽しいことばかりの人生なんてありえない。
苦しいこともつらいことも両手に抱えきれないくらいある。
泣かないようにって頑張るよりは、泣いて成長するほうがいいなって思うようになりました。
「花を咲かせられますように」にしなかったのは、
咲いた花は実を結んでその後、枯れてしまうから。
未来は息長~く育んでいきたいと思うから。
いつかめぐり合う(?)人にきれいな花を見てもらえるように
願いが叶うように歩んでいこうと思います。
流す涙できれいな花を育てられますように
こんなお願い事は反則?(汗)
他にもいくつか考えたのですが、
七夕の短冊には他力本願ではないお願い事を書きたいな~と思いまして。
楽しいことばかりの人生なんてありえない。
苦しいこともつらいことも両手に抱えきれないくらいある。
泣かないようにって頑張るよりは、泣いて成長するほうがいいなって思うようになりました。
「花を咲かせられますように」にしなかったのは、
咲いた花は実を結んでその後、枯れてしまうから。
未来は息長~く育んでいきたいと思うから。
いつかめぐり合う(?)人にきれいな花を見てもらえるように
願いが叶うように歩んでいこうと思います。
《短すぎる新作小話:深い意味はございません・笑》
無言のままで彼は私の薬指から指輪を抜き取る。
今夜も私は彼の手によって壊される。
「いつまでこの安っぽいヤツしてるつもり?
買ってやるって言ってるのに」
全てを外し終えた彼はピアスをしていない私の耳たぶを甘噛みする。
「いいよ、別に」
「お前が気にしなくても、俺が買ってやりたいの」
「気持ちだけで十分。
新しいのを買うお金がないからっていう理由でコレしかつけないわけじゃないんだから」
「ホントに欲のないヤツ」
「そんなことないよ。私みたいなのが一番欲深いんだから」
私は微笑みながら彼の首に腕をまわす。
自分で買った陳腐な指輪を彼に外してもらうことで私は壊れる。
独りで壊れることのできない私は彼の手に逃げ込む。
彼の手によってもたらされる自由は、この上ない快感。
彼によって解放されるこの瞬間のために、私はこのリングを身に付ける。
だから明日もお願い
指輪はずして…
無言のままで彼は私の薬指から指輪を抜き取る。
今夜も私は彼の手によって壊される。
「いつまでこの安っぽいヤツしてるつもり?
買ってやるって言ってるのに」
全てを外し終えた彼はピアスをしていない私の耳たぶを甘噛みする。
「いいよ、別に」
「お前が気にしなくても、俺が買ってやりたいの」
「気持ちだけで十分。
新しいのを買うお金がないからっていう理由でコレしかつけないわけじゃないんだから」
「ホントに欲のないヤツ」
「そんなことないよ。私みたいなのが一番欲深いんだから」
私は微笑みながら彼の首に腕をまわす。
自分で買った陳腐な指輪を彼に外してもらうことで私は壊れる。
独りで壊れることのできない私は彼の手に逃げ込む。
彼の手によってもたらされる自由は、この上ない快感。
彼によって解放されるこの瞬間のために、私はこのリングを身に付ける。
だから明日もお願い
指輪はずして…
♪ The Gospellers
大きくて少し節榑立っている手
「男の人を外見で選ぶとしたらポイントは何?」
首筋(項)や広い肩幅、髭…
色々な価値観を持っている人がいる中での私の答えが冒頭です。
「大きいと手を繋いだときに安心感があるもんね」
調子を合わせようとしてくれた同期にすぐに頷くことが出来ませんでした。
確かにそんな側面もありますが…
手にはそれまでの人生が刻まれていると思うから。
キレイな手の人より、色々な経験をしている人の方が魅力的。
優しさも悲しさも知っていると思うから。
私を暖めてくれる同じ手が私を突き放すことだってある。
それなら、痛みも苦しみも知っている手によって傷つけられたいと思うのです。
「男の人を外見で選ぶとしたらポイントは何?」
首筋(項)や広い肩幅、髭…
色々な価値観を持っている人がいる中での私の答えが冒頭です。
「大きいと手を繋いだときに安心感があるもんね」
調子を合わせようとしてくれた同期にすぐに頷くことが出来ませんでした。
確かにそんな側面もありますが…
手にはそれまでの人生が刻まれていると思うから。
キレイな手の人より、色々な経験をしている人の方が魅力的。
優しさも悲しさも知っていると思うから。
私を暖めてくれる同じ手が私を突き放すことだってある。
それなら、痛みも苦しみも知っている手によって傷つけられたいと思うのです。
♪ Mr. Children
《新作小話です》
ただいまの時刻は5:45
休日はワクワクするから早く目が覚めてしまう。
いや、訂正。
今日は君に会えるからドキドキして眠っているのがもったいなかったんだ。
俺のことを遅刻常習犯だと思っている仲間たちはきっと口をあんぐりさせて驚くだろう。
アラームをセットしていた時間よりもずっと早く起床したので、ちょっとしたサプライズを仕掛けてみることを思いついた。
俺が君を迎えに行く(と言っても最寄駅までだけど)。
たまにはそんなことがあってもいいだろう?
こういうことも何だか新鮮でいいだろう?
君が住む町を訪ねるのは、実は今回が初めてだったりする。
だからホームに降りて、改札口が一つしかないと分かって少しほっとしたんだ。
携帯サイトの乗換え案内を使って、待ち合わせ時間から君の出発時間を逆算したから
そろそろ君が現れる時間だってことは見当がついている。
ほら、今年の流行色のワンピースを来たあの子!
俺が大きく腕を振ると君は両手で頬を包んで驚きの声をあげたようだった。
慌てなくてもいいのに君は小走りで俺に駆け寄ってくる。
君に満たされると同時に、もう独りでは生きていけなくなった自分に気付いて今までになく切なくなる。
「えっ!?どうしたの~
わざわざここまで来てくれたの?」
「しばらく会えなかったから少しでも一緒にいる時間が長くなればいいと思ってさ。」
どんなに忙しくても週に一度、土曜の夜に必ず会うようにしていたのに
勤務形態の変更でそれが叶わなくなってから約1か月。
全ては俺の都合のせいなんだけど、そろそろ限界だった。
逢おうと思えば会える距離にいるのに逢えないことは、諦めがつきにくいだけに遠距離恋愛よりも切ない。
「ありがと」
俺の笑顔が君にうつる。
二人並んで座って電車に揺られる。
この感じ。
最高に気持ちいい。
君の独占権を手に入れた俺は、かなりはしゃいでいた。
いつもよりいっぱい喋ったかもしれない。
波の音、風の音。
君の気配、二人の空気。
全てが心地よかった。
目の前に広がる太平洋が俺の欲望を剥き出しにしていく。
とりあえず歌ってみた。
君は俺の背中を見ながら笑っていた。
それから歌って歌って歌って。
ふと左肩にかかってきた柔らかな重み。
携帯の上でせわしなく親指を動かしていたはずの君は帰りの電車でいつのまにか眠っていた。
寄り添ってくる温もりに愛しさが募る。
ぎゅっと抱き寄せたくなる衝動を抑えて、読みかけになっている文庫本のページをゆっくり捲った。
またしばらく逢えない日が続くかもしれないけれど。
君を迎えに来れるのは先の話になってしまうけれど
そう遠くない未来にいつかきっと。
左肩にかかる重みと温もりが二人の当たり前になるように。
いまもいつまでも
この愛が打ち寄せる海岸は
広い世界に一つだけ
ただいまの時刻は5:45
休日はワクワクするから早く目が覚めてしまう。
いや、訂正。
今日は君に会えるからドキドキして眠っているのがもったいなかったんだ。
俺のことを遅刻常習犯だと思っている仲間たちはきっと口をあんぐりさせて驚くだろう。
アラームをセットしていた時間よりもずっと早く起床したので、ちょっとしたサプライズを仕掛けてみることを思いついた。
俺が君を迎えに行く(と言っても最寄駅までだけど)。
たまにはそんなことがあってもいいだろう?
こういうことも何だか新鮮でいいだろう?
君が住む町を訪ねるのは、実は今回が初めてだったりする。
だからホームに降りて、改札口が一つしかないと分かって少しほっとしたんだ。
携帯サイトの乗換え案内を使って、待ち合わせ時間から君の出発時間を逆算したから
そろそろ君が現れる時間だってことは見当がついている。
ほら、今年の流行色のワンピースを来たあの子!
俺が大きく腕を振ると君は両手で頬を包んで驚きの声をあげたようだった。
慌てなくてもいいのに君は小走りで俺に駆け寄ってくる。
君に満たされると同時に、もう独りでは生きていけなくなった自分に気付いて今までになく切なくなる。
「えっ!?どうしたの~
わざわざここまで来てくれたの?」
「しばらく会えなかったから少しでも一緒にいる時間が長くなればいいと思ってさ。」
どんなに忙しくても週に一度、土曜の夜に必ず会うようにしていたのに
勤務形態の変更でそれが叶わなくなってから約1か月。
全ては俺の都合のせいなんだけど、そろそろ限界だった。
逢おうと思えば会える距離にいるのに逢えないことは、諦めがつきにくいだけに遠距離恋愛よりも切ない。
「ありがと」
俺の笑顔が君にうつる。
二人並んで座って電車に揺られる。
この感じ。
最高に気持ちいい。
君の独占権を手に入れた俺は、かなりはしゃいでいた。
いつもよりいっぱい喋ったかもしれない。
波の音、風の音。
君の気配、二人の空気。
全てが心地よかった。
目の前に広がる太平洋が俺の欲望を剥き出しにしていく。
とりあえず歌ってみた。
君は俺の背中を見ながら笑っていた。
それから歌って歌って歌って。
ふと左肩にかかってきた柔らかな重み。
携帯の上でせわしなく親指を動かしていたはずの君は帰りの電車でいつのまにか眠っていた。
寄り添ってくる温もりに愛しさが募る。
ぎゅっと抱き寄せたくなる衝動を抑えて、読みかけになっている文庫本のページをゆっくり捲った。
またしばらく逢えない日が続くかもしれないけれど。
君を迎えに来れるのは先の話になってしまうけれど
そう遠くない未来にいつかきっと。
左肩にかかる重みと温もりが二人の当たり前になるように。
いまもいつまでも
この愛が打ち寄せる海岸は
広い世界に一つだけ
♪ The Gospellers
《続・コイシイヒト》
あがってしまった息を整える時間さえ惜しくて、俺はせっかちにインターフォンを鳴らした。
扉の向こうから遠く、彼女の返事が聞こえた。
パタパタというのは彼女の動きに伴ってスリッパが立てる音。
それに続いていくつかの物音がした。
軽く目を閉じて部屋の中を慌てて片付けているであろう彼女の様子を想像する。
生ぬるく俺を包み込む風には夏という季節が持っている力が凝縮されているような気がした。
「お待たせしましたぁ」
無防備にドアを開けた彼女が小さな声を上げた。
「独り暮らしなんでしょ、もっと用心しなよ」
俺は締め出されないように、廊下に落ちた光の帯の一番明るい部分にすかさず足を差し込んだ。
彼女のアイメイクが崩れている理由は俺にはわからない。
ただ、強がらない彼女が無理をしていない彼女がそこにいる。
それだけは、はっきりしていた。
「どうしたんですか、そんなに汗を流して」
俺の額も首筋もベットリ汗に濡れていた。
Tシャツには前後にはっきり”島”が浮かび上がっている。
「ビール飲んじゃったから車を運転するわけにはいかなくてさ、自転車で来たんだよね」
俺は街頭の下に止めた借り物の自転車を指差した。
「駅からずっと続いてるあの長い坂道を登ってきたんですか? うそ …」
彼女はまた、俺に初めての表情(かお)を見せた。
「ほんと」
にぃっこり笑って見せたけれど、彼女は少しも明るくならない。
「え、と …」
彼女が何に戸惑っているのかはわかっている。
だけど俺は引き下がることができない。
「ほら … 自転車っ! あのままにしてると違法駐輪で撤去されちゃいますよ」
一歩も内側には入れないとでも言うように
高いヒールの華奢なミュールをつっかけた彼女は俺の身体を押し出すようにして外に出てきた。
後ろ手で閉めた扉に急いでカギをかけて無理に笑うから、
切なくて抱きしめたい衝動に駆られるのは、この夏の熱気に狂ったせいじゃない。
「いいよ、あの自転車、俺のじゃないし」
俺の前にたって歩き始める彼女の後姿。
長い髪はアップにしてあるけれど、解れ髪がほんの少し汗ばんだ項と一緒になって色っぽさが滲む。
だったらなおさら、と振り返った彼女。
「少し … 一緒に歩いていただけますか?」
視線を前に戻してからの小さな声だったけれど俺は、はっきり聴き取ることができた。
「もちろん!」
何かを話してくれると思ったのは俺の勘違いで、
彼女はカタンカタンと小さなヒールの音を響かせ、夜空を見上げてぼんやり歩くだけ。
「月 … 今夜はやさしいですね」
やっと声を聞かせてくれたと思ったらたった一言それだけ。
並ぶ二人の間には借りてきた自転車。
もどかしいのに、俺はスニーカーの先を見つめることしかできない。
ゆっくりゆっくり歩いていたはずなのに、いつのまにか坂は下りきっていて駅はもう目の前だ。
少しだけ俺の前に出た彼女は、小さな細い路地に歩みを進めた。
当然、俺はそれに着いて行く。
「自転車なんだから、いいですよね」
ひっそり佇む店の前で彼女はきっと微笑んでいたのだと思う。
残念ながら、月光の影になっていて俺には見えなかったけれど。
「珍しいね」
俺が知る範囲では、彼女はアルコールを習慣的に楽しむ人でも、ストレスを発散させるようなタイプでもない。
「飲みたいって思う夜だってあるんです」
「なにを飲まれます?」
「俺はビール」
「本当に好きですね」
カクテルよりビールを好んで飲んでいることに気付いていてくれたことが、俺に期待をさせる。
「ビールと … ミモザ」
ドリンクが来るまでの間、彼女は落ち着かない様子で内装を見回していた。
この店が彼女の行きつけの店、というわけではないようで、そのことに少しほっとしている俺がいた。
「今夜はありがとうございます」
グラスを軽く傾けるだけ。
2つのグラスが触れ合うことはなくて、重なったのは「乾杯」という2人の声だけ。
ミモザを一口含んだ彼女は、グラスを傾けたり、きれいにネイルが施された指でグラスの脚などをなぞっている。
「笑わないで欲しいし、怒らないで欲しいんですけど …」
そこで言葉を切った彼女は、俺が止めるまもなく、一気にミモザを飲んでしまった。
「本当はこんな飲み方、好きじゃないんですよ」
自嘲的な笑みを浮かべて、彼女は俺から視線を外した。
「恋って落ちるものだと思ってた。そんな風に言ってる直木賞作家もいるでしょう。
でも … 恋は、するものって気づいたの、ようやく。待っていてもダメなんだよね」
突然敬語ではなくなった彼女の喋りとメイクをしていない顔、アルコールの入った顔にドキドキする。
静かな告白を聞いている俺の喉はビールを飲んでいるのにカラカラになっていた。
「優しくしてくれるなら誰でも好きになれそうな気がしてた … ついさっきまで」
「… いまは?」
声がかすれたのは、渇きのせいなのか緊張のせいなのか。
「いまは … 」
その先を早く聞きたい気持ちを押さえて、彼女の言葉を待つ。
「いま … は … ごめんなさい、泣くつもりじゃなかったんですけど」
その言葉の続き。
聞きたい気持ち半分、言わせたくない気持ち半分。
だから、いつか俺に言わせて。
だけど、いつか俺に聞かせて。
彼女に少し近づけた夜。2人で少し切なかった夜。
あがってしまった息を整える時間さえ惜しくて、俺はせっかちにインターフォンを鳴らした。
扉の向こうから遠く、彼女の返事が聞こえた。
パタパタというのは彼女の動きに伴ってスリッパが立てる音。
それに続いていくつかの物音がした。
軽く目を閉じて部屋の中を慌てて片付けているであろう彼女の様子を想像する。
生ぬるく俺を包み込む風には夏という季節が持っている力が凝縮されているような気がした。
「お待たせしましたぁ」
無防備にドアを開けた彼女が小さな声を上げた。
「独り暮らしなんでしょ、もっと用心しなよ」
俺は締め出されないように、廊下に落ちた光の帯の一番明るい部分にすかさず足を差し込んだ。
彼女のアイメイクが崩れている理由は俺にはわからない。
ただ、強がらない彼女が無理をしていない彼女がそこにいる。
それだけは、はっきりしていた。
「どうしたんですか、そんなに汗を流して」
俺の額も首筋もベットリ汗に濡れていた。
Tシャツには前後にはっきり”島”が浮かび上がっている。
「ビール飲んじゃったから車を運転するわけにはいかなくてさ、自転車で来たんだよね」
俺は街頭の下に止めた借り物の自転車を指差した。
「駅からずっと続いてるあの長い坂道を登ってきたんですか? うそ …」
彼女はまた、俺に初めての表情(かお)を見せた。
「ほんと」
にぃっこり笑って見せたけれど、彼女は少しも明るくならない。
「え、と …」
彼女が何に戸惑っているのかはわかっている。
だけど俺は引き下がることができない。
「ほら … 自転車っ! あのままにしてると違法駐輪で撤去されちゃいますよ」
一歩も内側には入れないとでも言うように
高いヒールの華奢なミュールをつっかけた彼女は俺の身体を押し出すようにして外に出てきた。
後ろ手で閉めた扉に急いでカギをかけて無理に笑うから、
切なくて抱きしめたい衝動に駆られるのは、この夏の熱気に狂ったせいじゃない。
「いいよ、あの自転車、俺のじゃないし」
俺の前にたって歩き始める彼女の後姿。
長い髪はアップにしてあるけれど、解れ髪がほんの少し汗ばんだ項と一緒になって色っぽさが滲む。
だったらなおさら、と振り返った彼女。
「少し … 一緒に歩いていただけますか?」
視線を前に戻してからの小さな声だったけれど俺は、はっきり聴き取ることができた。
「もちろん!」
何かを話してくれると思ったのは俺の勘違いで、
彼女はカタンカタンと小さなヒールの音を響かせ、夜空を見上げてぼんやり歩くだけ。
「月 … 今夜はやさしいですね」
やっと声を聞かせてくれたと思ったらたった一言それだけ。
並ぶ二人の間には借りてきた自転車。
もどかしいのに、俺はスニーカーの先を見つめることしかできない。
ゆっくりゆっくり歩いていたはずなのに、いつのまにか坂は下りきっていて駅はもう目の前だ。
少しだけ俺の前に出た彼女は、小さな細い路地に歩みを進めた。
当然、俺はそれに着いて行く。
「自転車なんだから、いいですよね」
ひっそり佇む店の前で彼女はきっと微笑んでいたのだと思う。
残念ながら、月光の影になっていて俺には見えなかったけれど。
「珍しいね」
俺が知る範囲では、彼女はアルコールを習慣的に楽しむ人でも、ストレスを発散させるようなタイプでもない。
「飲みたいって思う夜だってあるんです」
「なにを飲まれます?」
「俺はビール」
「本当に好きですね」
カクテルよりビールを好んで飲んでいることに気付いていてくれたことが、俺に期待をさせる。
「ビールと … ミモザ」
ドリンクが来るまでの間、彼女は落ち着かない様子で内装を見回していた。
この店が彼女の行きつけの店、というわけではないようで、そのことに少しほっとしている俺がいた。
「今夜はありがとうございます」
グラスを軽く傾けるだけ。
2つのグラスが触れ合うことはなくて、重なったのは「乾杯」という2人の声だけ。
ミモザを一口含んだ彼女は、グラスを傾けたり、きれいにネイルが施された指でグラスの脚などをなぞっている。
「笑わないで欲しいし、怒らないで欲しいんですけど …」
そこで言葉を切った彼女は、俺が止めるまもなく、一気にミモザを飲んでしまった。
「本当はこんな飲み方、好きじゃないんですよ」
自嘲的な笑みを浮かべて、彼女は俺から視線を外した。
「恋って落ちるものだと思ってた。そんな風に言ってる直木賞作家もいるでしょう。
でも … 恋は、するものって気づいたの、ようやく。待っていてもダメなんだよね」
突然敬語ではなくなった彼女の喋りとメイクをしていない顔、アルコールの入った顔にドキドキする。
静かな告白を聞いている俺の喉はビールを飲んでいるのにカラカラになっていた。
「優しくしてくれるなら誰でも好きになれそうな気がしてた … ついさっきまで」
「… いまは?」
声がかすれたのは、渇きのせいなのか緊張のせいなのか。
「いまは … 」
その先を早く聞きたい気持ちを押さえて、彼女の言葉を待つ。
「いま … は … ごめんなさい、泣くつもりじゃなかったんですけど」
その言葉の続き。
聞きたい気持ち半分、言わせたくない気持ち半分。
だから、いつか俺に言わせて。
だけど、いつか俺に聞かせて。
彼女に少し近づけた夜。2人で少し切なかった夜。
♪ Billy Joel
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