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with five senses
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平均年齢が26歳という社内でも1,2の
若いメンバーばかりの営業所。
その多くが新婚さんで、所内もなんとなく幸せ感に
満たされているのが好きだ。
プライベートが充実している人たちは、
心に余裕があるから仕事も順調で、
すっかり彼らに助けられていると思う。

直帰が認められているから
夜のオフィスに戻っているのは独身の人間ばかりだ。
加えて今日は金曜日で3連休前。
わたしの指導係である鵜飼さんは、
遠距離恋愛中のため、今夜はフロアのどこを探してもいない。
きっと今ごろ、大阪に向かう新幹線の中だ。
3時間半の距離を躊躇うことなく近いと言い切って
連休の時には必ず、通常の休みしかない月だって
1回は必ず大阪へ行く鵜飼さんからは
彼女への想いの強さを感じられる。
それだけ想われている彼女も、
それだけ想う人にめぐり合えた鵜飼さんも羨ましい。
わたしなんて、新幹線で1時間のところにある実家を
遠いと言って敬遠しているというのに。

29歳、新婚ほやほやの係長は当然直帰だし、
指導係の鵜飼さんもいない。
課長も帰っているし、同じ3課の人で
オフィスにいるのは1年先輩の竹中さんだけ。
しかもその彼女は、ご自身のクレーム処理に追われていて
声をかけるのが躊躇われるほどパニック状態に陥っている。
営業1課は課長を残して全員帰社。
営業2課では鵜飼さんと同期の井尻さんと竹中さんと同期の武村さんが
わたしの同期の都ちゃんを夕食に誘っているところだった。
いま、仕事の相談をしたら、露骨に嫌な顔をされるに違いない。
井尻さんたちに睨まれるのは怖いから、いま悩んでいる件は
月曜日に鵜飼さんに訊くことにして、もう帰ろうと思い直した。

それなのに、助けを求めるように彼女が
こちらに振り返るその瞬間、
わたしは咄嗟に手元の資料に目を落とした。
「南野さんはまだ仕事が残ってるみたいだしさ。行こうよ、都ちゃん。」
井尻さんが都ちゃんに笑顔を向けている。
声が大きいから、営業所中に聞こえてしまう。
都ちゃんは少し俯き加減だ。
わたしの位置からは後姿しか見えないが、困っているのはよくわかる。
彼女が井尻さんは少し苦手だと言っていたのに、
どうしてわたしは彼女の視線から逃げてしまったのだろう。

理由は考えなくてもわかっている。
都ちゃんを助けると思って、何度か2課の飲み会に顔を出したことがある。
そのとき、完全にわたしは邪魔者だったのだ。
井尻さんも武村さんも、都ちゃんしか目に入っていなくて
甲斐甲斐しいほどに彼女の世話を焼く。
当の都ちゃん本人は困ったような顔の間に
迷惑そうな表情をのぞかせているのだが井尻さんたちは気付かない。
「飲み物は大丈夫?」
「何が食べたい?」
「今度はイタメシに行かない?」
次から次に問いかける。
確かに都ちゃんはキレイだ。
チャーミングな女の子で、同性のわたしでさえ
その瞳に見つめられたらドキドキしてしまうほど魅力的。
だから、井尻さんや武村さんが都ちゃんをかまいたくなる気持ちは
悔しいけれどとてもよくわかる。
わかるけれど、丸っきり相手にされないと、
わたしの中のオンナの部分が傷つくのは避けられない。
これ以上、傷つきたくない。
都ちゃんと2人で過ごすのは嫌いじゃない。
来週は、紫芋のタルトを食べに行く約束をしている。
だけど、他の誰かも一緒にどこかに行くのは疲れる。
小さな、醜いプライドが邪魔になる。

わたしはPCを立ち上げて、鵜飼さんにメールを作る。
【おつかれさまです。阪神優勝で盛り上がっている大阪はいかがですか?
 来週火曜日実施の製品説明会の件で、ご相談したいことがあります。
 お忙しいと思いますが、月曜日の朝礼前にお時間いただけますか?】
短い文面を何度も読み直す。
意味も無く忙しなく資料のページをめくったりしてみる。
都ちゃんにごめんと心の中で手を合わせながら、
仕事に追われている風を装った。
2課の人たちがオフィスを出るのを確認してから、
送信ボタンをクリックする。
電話で本社に問い合わせをしている竹中さんと1課の課長に挨拶をして
営業所を足早に後にした。

営業所からマンションまでは車で約15分。
車を置いて、部屋に戻って、スーツを脱いだ。
着替えて、簡単にメイクを直して外に出たのが12時。
遅くなっているのはわかっていたのに
どうして着替えようと思ったのだろう。
いつもなら車を停めたらすぐに"Otis"に向かうのに。

一歩踏み出すたびに、スカートが揺れる。
いつも歩く道なのに、なんとなく心もとなくて
カツカツとロングブーツのヒールが刻む音が加速していく。
"Otis"に着いてはじめて、息が上がるほどの速さで
歩いてきたことに気付いた。

「遅かったですね。待ってましたよ。」
わたしの姿を認めたマスターがふわんと微笑んで、
DJブースに一番近い席をすすめてくれた。
スツールに腰掛けたところで、店のドアが開いた。
近くの業務用スーパーのビニール袋を手にした隆さんが立っていた。
「あ、いらっしゃい。」
わたしを見つけた隆さんが軽く頭を下げる。
「こんばんは。」
「今夜は遅かったんですね。お疲れ様です。」
そう言いながら隆さんは買ってきたものを冷蔵庫に収めるために
店の奥へと消えていった。
ちゃんと微笑み返してくれたのに、
自分の中に小さな不満が生まれたことが不思議で、
首をかしげながら当たり前に出されたミモザを口にした。

グラスの淵には、今日もオレンジではなくミントが添えられている。
ツンと鼻の奥を刺激する香りが少し切なかった。

「次は、ミントコンディションでいい?」
グラスが空いたことに気付いたマスターが声をかけてくれる。
「今日は、ヴィヴァーチェをお願いしていいですか?」
隆さんが先週かけた"Breakin' My Heart"を思い出して、
いつもとは違うオーダーをした。
「珍しいですね、辛口ですか。」
甘いものが好き、というわけではないけれど
辛口よりは甘目のものを好んでいるわたしだから
マスターが驚くのも当然なのかもしれない。
わたしのアルコールの嗜好を一番よく知っているのは
マスターなのだから。

「ちょっと、元気出そうかなって思って。」
答えたわけではない。
自分に言い聞かせるようにわたしは言った。
明日を迎えるには、自分ひとりではつらすぎる。
少し、力を借りたかった。

「聡美さんも、そういう飲み方する日があるんですね。
 知らなかったな~」
いつのまにか隆さんが奥から出てきて、
マスターの隣に立っていた。
「… 何か、ありました?」
ほんの少し、迷いを見せた後、彼はわたしに訊ねた。
何か、あっただろうか。
カウンターに右肘をついて、頬を乗せ考えてみる。
井尻さんや武村さんがわたしを眼中にいれていないのは
いつものことだ。
赴任してしばらくは気にしていたこともあるけれど
いまでは悔しいけれどその状況に慣れきっている。
他に …

「スーツ姿じゃないってこともあるんですかね。
 オーダーも少し違ったりするし、
 今日の聡美さん、いつもと違って見えますよ。」
マスターがヴィヴァーチェを出してくれた。
ああ、そうか。
わざわざ着替えてきたのに、
そのことに触れてもらえなかったから
いじけていたのだ、きっと。
気付いたけれど、自分からは言いたくなかった。
『今日はスーツ脱いできちゃいました。』
そう言うことで、「似合ってますね」という言葉を
隆さんから引き出すなんてしたくなかった。

自然に、当たり前のように、
気付いてくれなきゃ意味が無い。
いつものように、わたしが期待する言葉を
望むタイミングで与えてくれなきゃ意味が無い。
気付かせたいんじゃない。気付いて欲しいんだから。
言わせたいんじゃない。言って欲しいんだから。

これは恋愛感情ではない。
… まだ、違う。
でも、彼の存在を必要としていることは確かだ。
わたしは隆さんにミッドナイト・サンをオーダーした。

♪ Smokey Robinson & The Miracles

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