with five senses
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小さな誘惑に負けてしまったことを
こんなに後悔したことが今までに一度でもあっただろうか。
忙しい、が口癖のオレと彼女。
商社と小売店という立場で、ほぼ毎日顔を合わせて
話はしているけれど、それはあくまでもビジネス。
そういうところの線引きは、オレも彼女もきちんとしたいから
甘い雰囲気になることなんて、ほとんどない。
それでも、仲の良さはやっぱり滲み出てしまうもののようで
時折、彼女の店の人たちにからかわれることはあるけれど
その程度のものだ。
だから、プライベートで一緒の時間を過ごせるのは
本当に久しぶりのことだった。
今度、休みを合わせて少し遠出をしよう。
そんな話で盛り上がっていた時、彼女の携帯が鳴った。
「あ、ごめん。母親。ちょっと出てもいいかな?」
「あぁ、いいよ。」
「ごめんね。」
親元を離れて暮らしている彼女。
休みの日には必ず、ご両親から電話がかかってくると言っていた。
仕事がある日の彼女は朝早くて夜遅いから、どんなに心配していても
ご両親も電話しにくいのだろう。
「もしもし、おかーさん? うん、元気だよ~」
いつもより少し甘えたような声で話す彼女は、
リビングのソファを離れて、ダイニングへ向う。
しばらくは、その背中を見ていたのだけれど
やがてそれにも飽きて、さっきまで2人で頭を突き合わせていた
ローテーブルの上に意識を戻した。
そこには一緒に見ていた雑誌と開いたままになっている彼女の手帳。
少しだけ開けていた窓から流れてくる風がパラパラとページをめくる。
見てはいけない。
でも …
小さな誘惑に負けてしまったオレは彼女のスケジュール帳を覗いてしまった。
まだ空白の多い未来のページが開かれていたはずの手帳は
風のイタズラによって、1ヶ月前まで戻されている。
朝8時から夜8時まで30分刻みに商社やメーカーの名前が並ぶ。
もちろん、そこにはうちの会社名もある。
「忙しい」と言葉では聞いていたけれど
実際にヴィジュアルで突きつけられると改めてびっくりしてしまう。
まぁ、オレだって同じような生活を送っているのだけれど。
「うん、だいじょーぶだよ。忙しいけど、みんなそんなものでしょう?」
ダイニングでオレに背を向けている彼女が
電話の向こうの母親に言っていることが、
ちょうどいまオレが考えていたことと変わらなくて、なんだか笑える。
そんな些細な共通点さえも嬉しくなるから、
恋をするって不思議だ。
少しご機嫌になったオレは、何の気なしに、
再び彼女のスケジュールに意識を戻した。
あれ? なんだ、これ?
月曜日も火曜日も、いや正確に言うならほぼ毎日。
それは、22:30から24:00までだったり、
23:00からの1時間だったり、24:00からの10分間だったり。
彼女の几帳面な性格を少し怨みたくなった。
「どうしたの?」
母親との通話を終えた彼女が、いつのまにか戻ってきていた。
「ねぇ、毎日いそがしいんだよね?」
「まぁ、ね。でも、それはお互いさま、でしょ?」
言わない約束じゃない、とでも言いたそうな彼女の目。
「オレは毎日、忙しいよ。朝は7時から会議だし。
夜だって7時からまた会議っていうことも珍しいことじゃない。」
「うん、知ってる。」
「でもさ、少しでも時間があれば、キミに会いたい。
それが叶わないなら、せめて声だけでも聴きたいって思ってるのに …
誰と毎晩、会ってるの?」
「えっ?」
きょとん、とした彼女。
だけど、一度、信じられないと感じてしまったら
その表情さえ白々しいと思えてしまう。
彼女がウソをつけるようなタイプではないと
誰よりも知っているはずなのに。
「オレはね、ずっと我慢してたんだよ。
オトコの人を知らないって頬を染めて言ったキミを守ろうって思ってたから。
キミが純粋培養で育ってきたと信じてたから。」
急に語気を強めたオレに彼女が怯えているのはわかっていた。
それなのに、もう、止められなかった。
これから言おうとしていることが、今までオレが守ってきた彼女を
汚く、ひどく傷つけるものであるとわかっていても。
「毎日、スゴイよね。
驚いたよ、キミにこんなに体力があったなんて。
まぁ、体力だけじゃないみたいだけどね。」
オレはこれ以上ないくらいの冷ややかな視線を彼女に向ける。
状況をまだ飲み込めていないらしい彼女は、
それでも、オレのただならぬ様子を理解しようとしているのだろう。
びくっと身体を震わせただけで、何も言わずにオレを見つめている。
「忙しい・疲れたを口癖にしているキミが、
連日、深夜に顔を合わせている相手は誰?」
「そんな人 …」
嫉妬の鬼になっているオレは彼女の言葉に耳を傾ける余裕がなかった。
「いや、身体をって言った方がいいのかな?」
彼女がぎゅっと目を瞑る。堅く閉じられた眦に涙が滲む。
「どうして、そんなこと言うの?」
消えそうなほど小さな、彼女の声。
「どうして? キミが律儀に手帳に残すからいけないんだ。
5日22:30~23:00 T・H、 6日23:00~24:00 T・H、8日24:00~24:10 T・H」
一つずつ、拾い上げては読み上げる。
滲んでいた涙が、はらりと流れて彼女の頬を濡らす。
それでも、オレは彼女を責めることをやめなかった。
「10日 22:00~24:00 T・H、12日 23:30~24:00 T・H
随分 … 求められてるみたいだね。
どうやらお相手は、一日でもキミが切れると耐えられないみたいだ。」
くっと喉の奥で笑って、ぐぐっと詰め寄っても、
彼女は逃げようとしない。頬を紅く染めるだけだ。
いつもの触れるだけのキスでは我慢できなくて、
震える彼女の唇を執拗なまでに堪能した。
嫌がらない彼女に苛立ちが募る。
「それとも、実は毎晩違うヤツなのかな?
タカヒロ、タカシ、タケシ … 他には?」
思いつく限りのイニシャルTを挙げてみた。
「バカァ …」
オレにやり込められるままだった彼女がようやく発したのは、
そんな言葉で。
「毎晩、声を聴きたいって思うのは秦さんだけだよ?」
"Tel・Hata"
一日でも切れると耐えられなくて、連夜キミを求めているのは
他の誰でもない、このオレで。
彼女が几帳面に記録していたのは、オレとの通話時間。
オレからかけたり、彼女からかかってきたり。
"足らない、もっと"という気持ちが先行していたから、
こんなにたくさんの時間を積み重ねていたことに気付かなかった。
「通話時間を書いてるのはね、"もっと"って
わがまま言わないようにするための戒め。
秦さん、やさしいから …
疲れていても、わたしが電話すると、相手してくれるでしょう?」
確かにいま、オレはひどい傷つけ方をしたはずのに、
それでも彼女はオレをやさしいと言う。
「ごめん。こんなにやさしくしてもらってるのに
もっと甘えさせてもらいたいって思ってるわたしがいるの。」
謝らなければいけないのはオレの方なのに、
勝手に手帳を覗いて、プライバシーを侵害して、煩悩に支配されて、
妄想を膨らませて、嫉妬の炎を燃やしたのはオレの方なのに。
「秦さんがずっと我慢してたなんて、知らなかった … 」
手を伸ばせば触れられる距離にいる彼女に
こんなに淋しそうな顔をさせているその原因が自分であることがもどかしい。
いまでもまだ、その身体を抱きしめることを許してもらえるだろうか。
「ごめんね。」
立ち上がった彼女。このまま帰ってしまうのだろうか。
「でも、離れられない。」
オレの後ろに移動してきたのだとわかった次の瞬間、
頸に彼女の細い両腕が回された。
「そばに、いたいの。 そばに、いさせて?」
本当は、「そばにいてほしい」って言わせたかったけれど
それは、また今度。
「今夜、泊まる?」
背中に彼女の体温を感じる。
トクトクトクと早いリズムの鼓動は、
彼女のものなのか、オレのものなのか。
こんなことを訊いたら、困らせるだけとわかっているのに。
胸の前にある彼女の手をそっと撫ぜた。
「いいの? きっと … 我慢させるよ?」
「ちょっと辛いけど … いいよ。
キミにそばにいて欲しいだけだから。」
こんなに後悔したことが今までに一度でもあっただろうか。
忙しい、が口癖のオレと彼女。
商社と小売店という立場で、ほぼ毎日顔を合わせて
話はしているけれど、それはあくまでもビジネス。
そういうところの線引きは、オレも彼女もきちんとしたいから
甘い雰囲気になることなんて、ほとんどない。
それでも、仲の良さはやっぱり滲み出てしまうもののようで
時折、彼女の店の人たちにからかわれることはあるけれど
その程度のものだ。
だから、プライベートで一緒の時間を過ごせるのは
本当に久しぶりのことだった。
今度、休みを合わせて少し遠出をしよう。
そんな話で盛り上がっていた時、彼女の携帯が鳴った。
「あ、ごめん。母親。ちょっと出てもいいかな?」
「あぁ、いいよ。」
「ごめんね。」
親元を離れて暮らしている彼女。
休みの日には必ず、ご両親から電話がかかってくると言っていた。
仕事がある日の彼女は朝早くて夜遅いから、どんなに心配していても
ご両親も電話しにくいのだろう。
「もしもし、おかーさん? うん、元気だよ~」
いつもより少し甘えたような声で話す彼女は、
リビングのソファを離れて、ダイニングへ向う。
しばらくは、その背中を見ていたのだけれど
やがてそれにも飽きて、さっきまで2人で頭を突き合わせていた
ローテーブルの上に意識を戻した。
そこには一緒に見ていた雑誌と開いたままになっている彼女の手帳。
少しだけ開けていた窓から流れてくる風がパラパラとページをめくる。
見てはいけない。
でも …
小さな誘惑に負けてしまったオレは彼女のスケジュール帳を覗いてしまった。
まだ空白の多い未来のページが開かれていたはずの手帳は
風のイタズラによって、1ヶ月前まで戻されている。
朝8時から夜8時まで30分刻みに商社やメーカーの名前が並ぶ。
もちろん、そこにはうちの会社名もある。
「忙しい」と言葉では聞いていたけれど
実際にヴィジュアルで突きつけられると改めてびっくりしてしまう。
まぁ、オレだって同じような生活を送っているのだけれど。
「うん、だいじょーぶだよ。忙しいけど、みんなそんなものでしょう?」
ダイニングでオレに背を向けている彼女が
電話の向こうの母親に言っていることが、
ちょうどいまオレが考えていたことと変わらなくて、なんだか笑える。
そんな些細な共通点さえも嬉しくなるから、
恋をするって不思議だ。
少しご機嫌になったオレは、何の気なしに、
再び彼女のスケジュールに意識を戻した。
あれ? なんだ、これ?
月曜日も火曜日も、いや正確に言うならほぼ毎日。
それは、22:30から24:00までだったり、
23:00からの1時間だったり、24:00からの10分間だったり。
彼女の几帳面な性格を少し怨みたくなった。
「どうしたの?」
母親との通話を終えた彼女が、いつのまにか戻ってきていた。
「ねぇ、毎日いそがしいんだよね?」
「まぁ、ね。でも、それはお互いさま、でしょ?」
言わない約束じゃない、とでも言いたそうな彼女の目。
「オレは毎日、忙しいよ。朝は7時から会議だし。
夜だって7時からまた会議っていうことも珍しいことじゃない。」
「うん、知ってる。」
「でもさ、少しでも時間があれば、キミに会いたい。
それが叶わないなら、せめて声だけでも聴きたいって思ってるのに …
誰と毎晩、会ってるの?」
「えっ?」
きょとん、とした彼女。
だけど、一度、信じられないと感じてしまったら
その表情さえ白々しいと思えてしまう。
彼女がウソをつけるようなタイプではないと
誰よりも知っているはずなのに。
「オレはね、ずっと我慢してたんだよ。
オトコの人を知らないって頬を染めて言ったキミを守ろうって思ってたから。
キミが純粋培養で育ってきたと信じてたから。」
急に語気を強めたオレに彼女が怯えているのはわかっていた。
それなのに、もう、止められなかった。
これから言おうとしていることが、今までオレが守ってきた彼女を
汚く、ひどく傷つけるものであるとわかっていても。
「毎日、スゴイよね。
驚いたよ、キミにこんなに体力があったなんて。
まぁ、体力だけじゃないみたいだけどね。」
オレはこれ以上ないくらいの冷ややかな視線を彼女に向ける。
状況をまだ飲み込めていないらしい彼女は、
それでも、オレのただならぬ様子を理解しようとしているのだろう。
びくっと身体を震わせただけで、何も言わずにオレを見つめている。
「忙しい・疲れたを口癖にしているキミが、
連日、深夜に顔を合わせている相手は誰?」
「そんな人 …」
嫉妬の鬼になっているオレは彼女の言葉に耳を傾ける余裕がなかった。
「いや、身体をって言った方がいいのかな?」
彼女がぎゅっと目を瞑る。堅く閉じられた眦に涙が滲む。
「どうして、そんなこと言うの?」
消えそうなほど小さな、彼女の声。
「どうして? キミが律儀に手帳に残すからいけないんだ。
5日22:30~23:00 T・H、 6日23:00~24:00 T・H、8日24:00~24:10 T・H」
一つずつ、拾い上げては読み上げる。
滲んでいた涙が、はらりと流れて彼女の頬を濡らす。
それでも、オレは彼女を責めることをやめなかった。
「10日 22:00~24:00 T・H、12日 23:30~24:00 T・H
随分 … 求められてるみたいだね。
どうやらお相手は、一日でもキミが切れると耐えられないみたいだ。」
くっと喉の奥で笑って、ぐぐっと詰め寄っても、
彼女は逃げようとしない。頬を紅く染めるだけだ。
いつもの触れるだけのキスでは我慢できなくて、
震える彼女の唇を執拗なまでに堪能した。
嫌がらない彼女に苛立ちが募る。
「それとも、実は毎晩違うヤツなのかな?
タカヒロ、タカシ、タケシ … 他には?」
思いつく限りのイニシャルTを挙げてみた。
「バカァ …」
オレにやり込められるままだった彼女がようやく発したのは、
そんな言葉で。
「毎晩、声を聴きたいって思うのは秦さんだけだよ?」
一日でも切れると耐えられなくて、連夜キミを求めているのは
他の誰でもない、このオレで。
彼女が几帳面に記録していたのは、オレとの通話時間。
オレからかけたり、彼女からかかってきたり。
"足らない、もっと"という気持ちが先行していたから、
こんなにたくさんの時間を積み重ねていたことに気付かなかった。
「通話時間を書いてるのはね、"もっと"って
わがまま言わないようにするための戒め。
秦さん、やさしいから …
疲れていても、わたしが電話すると、相手してくれるでしょう?」
確かにいま、オレはひどい傷つけ方をしたはずのに、
それでも彼女はオレをやさしいと言う。
「ごめん。こんなにやさしくしてもらってるのに
もっと甘えさせてもらいたいって思ってるわたしがいるの。」
謝らなければいけないのはオレの方なのに、
勝手に手帳を覗いて、プライバシーを侵害して、煩悩に支配されて、
妄想を膨らませて、嫉妬の炎を燃やしたのはオレの方なのに。
「秦さんがずっと我慢してたなんて、知らなかった … 」
手を伸ばせば触れられる距離にいる彼女に
こんなに淋しそうな顔をさせているその原因が自分であることがもどかしい。
いまでもまだ、その身体を抱きしめることを許してもらえるだろうか。
「ごめんね。」
立ち上がった彼女。このまま帰ってしまうのだろうか。
「でも、離れられない。」
オレの後ろに移動してきたのだとわかった次の瞬間、
頸に彼女の細い両腕が回された。
「そばに、いたいの。 そばに、いさせて?」
本当は、「そばにいてほしい」って言わせたかったけれど
それは、また今度。
「今夜、泊まる?」
背中に彼女の体温を感じる。
トクトクトクと早いリズムの鼓動は、
彼女のものなのか、オレのものなのか。
こんなことを訊いたら、困らせるだけとわかっているのに。
胸の前にある彼女の手をそっと撫ぜた。
「いいの? きっと … 我慢させるよ?」
「ちょっと辛いけど … いいよ。
キミにそばにいて欲しいだけだから。」
♪ 黒沢薫
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