with five senses
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「ね、お腹すかない? 飲みに行こうか」
酷暑の中、駆けずり回って戻って来た営業部員は誰もみなぐったり。
それに気付かないこの所長は実におめでたい人だ。
「ヨメが飯作って待ってるんで …」
妻帯者は黄門さまの印籠のようなセリフを残して
そそくさと帰っていく。
残されるのはシングルばかり。
「なんで、うちの所長、単身赴任なんかしてるんだろうね」
ため息の代わりに、そんなぼやきが精悍な顔立ちに
疲労の色を滲ませている五十嵐の口から零れた。
「あの大きな身体に似合わない極度の淋しがりやと
甘えん坊もなんとかしていただきたいですよね …」
こそっと暁子も便乗する。
「おっ、榎も言うようになったねぇ」
五十嵐がニヤッと笑う。
その表情はおそらく、総務の女の子たちが
セクシーだと噂していた表情なのだろう。
しかし、暁子はただ、居心地悪く感じるだけで、
総務の女の子たちが何故あんなに騒ぐのか、わからない。
「だって、早く帰りたいですもん。」
10人女性がいれば、8人は頬を染めるだろうと言われている五十嵐の微笑み。
どうやら、暁子はその他2人のうちの1人だったようで、
断りきれない上司からの"誘い"という名の"命令・脅迫"に口を尖らせる暁子に
五十嵐は苦笑するしかなかった。
「あいつら、つっめたいな~。五十嵐とあきチャンは行くよね?
何、食べたい? 夏はスタミナのあるものがいいだろうから、焼肉?」
独りで勝手に盛り上がっている所長には、
若者たちの憂鬱な会話は届いていない。
「これって、パワハラで本社に申告してもいいかな?」
「わたしは、そこにセクハラも追加していいですか?」
どこにする?と言いながら、店の名前を次々と挙げていく所長。
夏に限らず、冬でも「肉、肉」と言っているじゃないかとは
あえてどちらも突っ込まなかった。
ただ2人で、そっとため息を吐く。
"ルンルン"という文字が身体の周りに飛んでいるのが
見えそうなほどゴキゲンな所長の後ろを
ぐったりという言葉を引き摺る若い2人がしぶしぶ着いて行く。
「まだ、今日はマシだよ。
榎が一緒だから、所長の奢りだろ。
これがオレひとりだったら、きっちり割勘だからな …」
「お疲れ様デス …」
その言葉に"ご愁傷さまデス"という気持ちを暁子が込めたことは
おそらく五十嵐にも伝わっただろう。
「今夜は最大限、榎を活用させてもらうから。覚悟しといて。」
顔を寄せて囁かれた言葉は、軽い調子だったにも関わらず
暁子は背中がぞくっとして、微かに震えた。
テーブルの上には、所長セレクトの皿が所狭しと並ぶ。
カルビ、ロース、ハラミ、サガリ、丸腸 …
「あきチャン、遠慮せずにしっかり食べて、体力つけて。
営業は身体が資本だからね~」
だったら、こんな社内接待もどきのことはやめてください
とは思っても、口が裂けても言えない暁子。
ホルモン系が苦手で、レバ刺しと塩タンを好んで食べる暁子には
この状況は拷問以外のなにものでもない。
「はい、ゴチソウになってマス。」
と笑顔で答えながら、暁子は肉に付いてくるカボチャやピーマンなどの
野菜ばかりを食べていた。それさえも、本当は食べたくないくらい
今夜も疲れているのだが …
目の前にある脂滴る肉のことで頭がいっぱいの所長は、そんな暁子に気付かない。
暁子は、一刻も早く所長の胃袋が満たされること、ただそれだけを切実に願う。
アルコールは一切、口にしていないのに、
ふーっと意識が飛んでしまいそうになる。
そこに座っていることさえ難しく、お世辞にもキレイとは言えない
店のこの板の間に突っ伏してしまいたいほど
切羽詰った状態になりつつあった。
「榎?」
店内の照明は暗いが、隣に座っていれば
顔色はわからないが、額や首筋に
変な汗をかきはじめていることは見てとれた。
最初から箸は進んでいなかったが、
今では明らかに手元がおかしい。
「大丈夫か?」
「ハイ」
五十嵐の問いかけに対する反応もなんとなく虚ろ。
早く帰る為に暁子をダシにしようとは思っていたが、
本格的に、暁子をこの場から連れ出してやらなければならない状況になってしまったようだ。
「所長、このままだと榎がここで寝ちゃいそうなんで
今夜はもう帰りませんか?」
まだ肉をパクついている所長。
「あきちゃん、眠いの? 寝ちゃったら五十嵐に襲われちゃうよ~」
暁子は何か言いたそうな表情をしているが、
反発することさえも気だるいらしい。
胸中で「このセクハラオヤジッ」と毒吐いているだろうことは
容易に想像できるが、所長の発言も強ち間違ってもいないんだよなと
五十嵐は苦笑いを浮かべた。
実は、日頃から五十嵐は暁子に対して「付き合おうか」と言っている。
挨拶と同じくらいの頻度で言っているから
暁子も周囲も冗談と受け流しているようだが
これでいて、当の本人は本気も本気。大真面目なのだ。
「榎、独りで帰れるか?」
今夜は暁子がいるということで、五十嵐の予想通り、所長の奢りになった。
会計をしている所長より一足先に、暁子を連れて外に出た。
「ん~ … 代行で、帰ります。明日の朝も車がないと困るし …」
外気に触れて、暁子の気分も少し紛れたのか、
さっきよりも、しゃんとした声が帰ってきた。
「明日の朝って … 大丈夫なのか?」
「へーきですよ。これくらい。時々こういう日があるんです。
朝になったらリセット。仕事に穴は開けません。
バカ真面目だけが、わたしの取柄ですから。」
たまには休んでもいいんだぞと五十嵐が言葉にしようとしたところに
ほろ酔いで場の空気が読めない所長が現われた。
「あきチャン、明日もガンバッテ。五十嵐もね。」
今以上、暁子に頑張れというのは酷な話、と五十嵐は思う。
大抵の人間は、上司のこんな言葉はさらりと聞き流してしまうけれど
暁子に限って言えば、真正面から受け止めて、
必要以上の責任を感じて、走り抜けてしまうから問題だ。
「今夜はごちそうさまでした。」
ペコリと頭を下げた暁子がふらつく。
五十嵐は咄嗟に支えようとした結果、暁子の身体を自分の胸に引き寄せるカタチになった。
「あ~あぁ。ダメだよ、五十嵐。それ、セクハラ。」
暁子は、固くなっていた。
その緊張が五十嵐にも伝染し、変な空気がそこに流れる。
「アレ? どうかした?」
時間が止まってしまったかのように動かない2人に
酔っ払いオヤジ … 失礼、所長が、声をかける。
「 … 急に睡魔が … 運転できそうにないんで、代行で帰ります。」
先にフリーズ状態から抜け出して、反応したのは暁子。
ゆっくりと五十嵐から離れて、所長に弱々しい笑顔を向ける。
「そう? 気をつけて帰ってね。」
暁子の顔色の悪さに所長は本当に気付いていないようで
さっと手を上げて停めたタクシーにあっというまに乗り込んで
じゃあ、明日と2人を残して帰ってしまった。
「榎 … 大丈夫じゃないだろ?」
強がりが返ってくるだろうと予想していた五十嵐はびっくりした。
暁子が、首を縦に振ったからだ。
「もう、無理 … 」
「バカ。 こんなお前を見たら、抑えきれなくなる。」
五十嵐が4年目の春を迎えたその年、暁子が新入社員として配属された。
プライドが高そうな、自惚れの強そうな女だな、というのが第一印象。
実際、暁子の自惚れは強く、そのことで反感を買うような場面もあったが
壁にぶつかった時に、プライドの高さがプラスに作用し、頑張る姿に心惹かれた。
一方で、プライドの高さがマイナスに作用し、
頑張りすぎてしまう暁子の危うさが覗くたび、
受け止めてやりたいと思う気持ちが広がっていった。
暁子と出会って、もう3年になる。
暁子は入社当時とかわらないスタンスで仕事をし続けている。
その間、暁子に彼氏がいるという話は聞いたことがなく
「仕事が恋人」と言われ、本人も笑っている。
でも、このままでは壊れてしまうのではないか。
五十嵐は、ずっと気になっていた。
暁子が甘えてくるようなことがあれば、
いつでも甘えさせてやろうと思っているのに、
暁子はいつだって気丈に振舞っていた。
その暁子が、「もう、無理」と言ったのだ。
受け止めてやろうと思うより先に、身体が動いた。
暁子を抱きしめていた。
「少し休め。榎は、よくやってきたよ。」
暁子は五十嵐の胸で声をあげて泣いた。
酷暑の中、駆けずり回って戻って来た営業部員は誰もみなぐったり。
それに気付かないこの所長は実におめでたい人だ。
「ヨメが飯作って待ってるんで …」
妻帯者は黄門さまの印籠のようなセリフを残して
そそくさと帰っていく。
残されるのはシングルばかり。
「なんで、うちの所長、単身赴任なんかしてるんだろうね」
ため息の代わりに、そんなぼやきが精悍な顔立ちに
疲労の色を滲ませている五十嵐の口から零れた。
「あの大きな身体に似合わない極度の淋しがりやと
甘えん坊もなんとかしていただきたいですよね …」
こそっと暁子も便乗する。
「おっ、榎も言うようになったねぇ」
五十嵐がニヤッと笑う。
その表情はおそらく、総務の女の子たちが
セクシーだと噂していた表情なのだろう。
しかし、暁子はただ、居心地悪く感じるだけで、
総務の女の子たちが何故あんなに騒ぐのか、わからない。
「だって、早く帰りたいですもん。」
10人女性がいれば、8人は頬を染めるだろうと言われている五十嵐の微笑み。
どうやら、暁子はその他2人のうちの1人だったようで、
断りきれない上司からの"誘い"という名の"命令・脅迫"に口を尖らせる暁子に
五十嵐は苦笑するしかなかった。
「あいつら、つっめたいな~。五十嵐とあきチャンは行くよね?
何、食べたい? 夏はスタミナのあるものがいいだろうから、焼肉?」
独りで勝手に盛り上がっている所長には、
若者たちの憂鬱な会話は届いていない。
「これって、パワハラで本社に申告してもいいかな?」
「わたしは、そこにセクハラも追加していいですか?」
どこにする?と言いながら、店の名前を次々と挙げていく所長。
夏に限らず、冬でも「肉、肉」と言っているじゃないかとは
あえてどちらも突っ込まなかった。
ただ2人で、そっとため息を吐く。
"ルンルン"という文字が身体の周りに飛んでいるのが
見えそうなほどゴキゲンな所長の後ろを
ぐったりという言葉を引き摺る若い2人がしぶしぶ着いて行く。
「まだ、今日はマシだよ。
榎が一緒だから、所長の奢りだろ。
これがオレひとりだったら、きっちり割勘だからな …」
「お疲れ様デス …」
その言葉に"ご愁傷さまデス"という気持ちを暁子が込めたことは
おそらく五十嵐にも伝わっただろう。
「今夜は最大限、榎を活用させてもらうから。覚悟しといて。」
顔を寄せて囁かれた言葉は、軽い調子だったにも関わらず
暁子は背中がぞくっとして、微かに震えた。
テーブルの上には、所長セレクトの皿が所狭しと並ぶ。
カルビ、ロース、ハラミ、サガリ、丸腸 …
「あきチャン、遠慮せずにしっかり食べて、体力つけて。
営業は身体が資本だからね~」
だったら、こんな社内接待もどきのことはやめてください
とは思っても、口が裂けても言えない暁子。
ホルモン系が苦手で、レバ刺しと塩タンを好んで食べる暁子には
この状況は拷問以外のなにものでもない。
「はい、ゴチソウになってマス。」
と笑顔で答えながら、暁子は肉に付いてくるカボチャやピーマンなどの
野菜ばかりを食べていた。それさえも、本当は食べたくないくらい
今夜も疲れているのだが …
目の前にある脂滴る肉のことで頭がいっぱいの所長は、そんな暁子に気付かない。
暁子は、一刻も早く所長の胃袋が満たされること、ただそれだけを切実に願う。
アルコールは一切、口にしていないのに、
ふーっと意識が飛んでしまいそうになる。
そこに座っていることさえ難しく、お世辞にもキレイとは言えない
店のこの板の間に突っ伏してしまいたいほど
切羽詰った状態になりつつあった。
「榎?」
店内の照明は暗いが、隣に座っていれば
顔色はわからないが、額や首筋に
変な汗をかきはじめていることは見てとれた。
最初から箸は進んでいなかったが、
今では明らかに手元がおかしい。
「大丈夫か?」
「ハイ」
五十嵐の問いかけに対する反応もなんとなく虚ろ。
早く帰る為に暁子をダシにしようとは思っていたが、
本格的に、暁子をこの場から連れ出してやらなければならない状況になってしまったようだ。
「所長、このままだと榎がここで寝ちゃいそうなんで
今夜はもう帰りませんか?」
まだ肉をパクついている所長。
「あきちゃん、眠いの? 寝ちゃったら五十嵐に襲われちゃうよ~」
暁子は何か言いたそうな表情をしているが、
反発することさえも気だるいらしい。
胸中で「このセクハラオヤジッ」と毒吐いているだろうことは
容易に想像できるが、所長の発言も強ち間違ってもいないんだよなと
五十嵐は苦笑いを浮かべた。
実は、日頃から五十嵐は暁子に対して「付き合おうか」と言っている。
挨拶と同じくらいの頻度で言っているから
暁子も周囲も冗談と受け流しているようだが
これでいて、当の本人は本気も本気。大真面目なのだ。
「榎、独りで帰れるか?」
今夜は暁子がいるということで、五十嵐の予想通り、所長の奢りになった。
会計をしている所長より一足先に、暁子を連れて外に出た。
「ん~ … 代行で、帰ります。明日の朝も車がないと困るし …」
外気に触れて、暁子の気分も少し紛れたのか、
さっきよりも、しゃんとした声が帰ってきた。
「明日の朝って … 大丈夫なのか?」
「へーきですよ。これくらい。時々こういう日があるんです。
朝になったらリセット。仕事に穴は開けません。
バカ真面目だけが、わたしの取柄ですから。」
たまには休んでもいいんだぞと五十嵐が言葉にしようとしたところに
ほろ酔いで場の空気が読めない所長が現われた。
「あきチャン、明日もガンバッテ。五十嵐もね。」
今以上、暁子に頑張れというのは酷な話、と五十嵐は思う。
大抵の人間は、上司のこんな言葉はさらりと聞き流してしまうけれど
暁子に限って言えば、真正面から受け止めて、
必要以上の責任を感じて、走り抜けてしまうから問題だ。
「今夜はごちそうさまでした。」
ペコリと頭を下げた暁子がふらつく。
五十嵐は咄嗟に支えようとした結果、暁子の身体を自分の胸に引き寄せるカタチになった。
「あ~あぁ。ダメだよ、五十嵐。それ、セクハラ。」
暁子は、固くなっていた。
その緊張が五十嵐にも伝染し、変な空気がそこに流れる。
「アレ? どうかした?」
時間が止まってしまったかのように動かない2人に
酔っ払いオヤジ … 失礼、所長が、声をかける。
「 … 急に睡魔が … 運転できそうにないんで、代行で帰ります。」
先にフリーズ状態から抜け出して、反応したのは暁子。
ゆっくりと五十嵐から離れて、所長に弱々しい笑顔を向ける。
「そう? 気をつけて帰ってね。」
暁子の顔色の悪さに所長は本当に気付いていないようで
さっと手を上げて停めたタクシーにあっというまに乗り込んで
じゃあ、明日と2人を残して帰ってしまった。
「榎 … 大丈夫じゃないだろ?」
強がりが返ってくるだろうと予想していた五十嵐はびっくりした。
暁子が、首を縦に振ったからだ。
「もう、無理 … 」
「バカ。 こんなお前を見たら、抑えきれなくなる。」
五十嵐が4年目の春を迎えたその年、暁子が新入社員として配属された。
プライドが高そうな、自惚れの強そうな女だな、というのが第一印象。
実際、暁子の自惚れは強く、そのことで反感を買うような場面もあったが
壁にぶつかった時に、プライドの高さがプラスに作用し、頑張る姿に心惹かれた。
一方で、プライドの高さがマイナスに作用し、
頑張りすぎてしまう暁子の危うさが覗くたび、
受け止めてやりたいと思う気持ちが広がっていった。
暁子と出会って、もう3年になる。
暁子は入社当時とかわらないスタンスで仕事をし続けている。
その間、暁子に彼氏がいるという話は聞いたことがなく
「仕事が恋人」と言われ、本人も笑っている。
でも、このままでは壊れてしまうのではないか。
五十嵐は、ずっと気になっていた。
暁子が甘えてくるようなことがあれば、
いつでも甘えさせてやろうと思っているのに、
暁子はいつだって気丈に振舞っていた。
その暁子が、「もう、無理」と言ったのだ。
受け止めてやろうと思うより先に、身体が動いた。
暁子を抱きしめていた。
「少し休め。榎は、よくやってきたよ。」
暁子は五十嵐の胸で声をあげて泣いた。
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